第17話:ミラー公爵家のダイアン
午後の授業を終えたアーロンは用意された馬車に乗り込んだ。
目的地はミラー公爵の屋敷だ。
(貴族の家かー。カーティスの家に行ったことはあるけど……)
あの時は家族全員で歓待してくれた。
それはカーティスがアーロンに好意的だったからだ。
(しかも王妃って立場なんだよなー。うーん、どう振る舞ったらいいか)
エレノアの言葉が浮かぶ。
(そうだな。毅然と慈愛に満ちた態度。そういう感じだな!)
だが、おそらく相手はけんか腰だろう。
男同士なら最後は拳でケリをつければいいのだが。
(貴族のお嬢様の喧嘩ってどうやって決着をつけるんだ?)
いくら考えてもわからない。
悩んでいるうちに馬車が目的地に着いた。
「これは王妃様! よくいらっしゃいました!」
まずはミラー公爵夫妻が迎えに出てきてくれた。
二人とも緊張して焦っているのが、そわそわと揺らぐ視線やもじもじと手をすりあわせていることから見て取れる。
「ウチの娘が不躾なお誘いをしてしまって……」
「いえいえ。お招きありがとうございます」
相手の方が慌てていると、こちらはかえって落ち着くものだ。
(てっきり冷ややかな態度を取られると思ったが、親はまともなのか……?)
そのとき、屋敷の中から一人の令嬢が悠然と現れた。
豊かな赤髪を高く結いあげている。宝石をたくさん身につけた派手なドレス姿に、アーロンはぽかんと口を開けた。
(これが令嬢の戦闘服か!)
さしずめ豪奢なドレスやアクセサリーは鎧のようなものだろう。
「足をお運びくださって光栄ですわ、王妃様」
勝ち気そうな緑色の目を輝かせ、令嬢がドレスをつまみ軽く膝を折った。
(さすがにいきなり殴りかかってはこないか)
アーロンはドキドキしながら令嬢を見つめた。
「初めまして。ダイアン・ミラーです」
「アーロンです。お茶会に招かれるのは初めてで、楽しみに来ました」
アーロンが胸に手を当てて挨拶すると、ダイアンがふふっと笑った。
「あら、見た目に反してずいぶんお可愛らしいのね」
自分より遙かに体格がよく、かつ王妃という立場のアーロンに対して一歩も引かない。
年もまだ二十歳くらいだろう。年下なのに態度は上からだ。
(おっとりした両親に甘やかされたワガママ令嬢、って感じか)
一瞬、相手を侮りかけたアーロンだったが、すぐに気を引き締めた。
油断は禁物だ。忠告をしてきたルキウスや、心配そうに見ていたエレノアの顔を思い出す。
(女同士の諍いは暴力を使わないぶん陰湿だと聞く。どんな手を使って俺を貶めようとするかわからない)
ダイアンは敵意を隠す気はないようだ。挑戦的な眼差しや口調にもそれが表れている。
(甘いんだよなー。もっと親切ぶって近づいて油断させるべきだろ)
露骨に態度に出す幼稚さに、つい舐めてかかりそうになってしまう。
「こちらよ、いらして!」
ダイアンが大きく手を振り、楽しげに誘ってくる。
「うわ……」
案内されたのは、広大な庭だった。目の前に広がる美しく整えられた庭にさしものアーロンも驚きを隠せなかった。
「すげー……」
庭は果てしなく広がっているように見えた。
(王宮並みじゃないか?)
ミラー公爵家はかなり裕福なようだ。この庭を維持するだけで、かなりの数の使用人が必要だろう。
「ふふ、素敵でしょう? ひいお祖父様が作ったんですって」
(なるほどな)
曾祖父がかなり有能だったのだろう。
庭の一角には大きな長テーブルが用意されていた。
そこには緊張した面持ちの令嬢たちが座っていた。
「あ……」
アーロンは思わず声を上げた。
席に着いていたのは、昨日つっかかってきた令嬢たちだったのだ。
令嬢たちはアーロンを見るやいなや立ち上がり頭を下げた。
「王妃様、昨日は大変失礼を致しました。心よりお詫びいたします」
いきなり謝罪され、アーロンは出鼻を挫かれた。
「いや、別に。汗だくだったのは確かだし、その……扇を落としたから渡そうと思ったんだけど、驚かせたみたいで悪かったな」
「いえ」
「あの扇、折ってしまったから新しいものを贈らせてもらうよ」
「お気になさらず。お心遣いだけいただきます」
あまりにしおらしい令嬢たちの様子に、アーロンは勇んだ気持ちを引っ込めた。
(これ、もしかして本当に謝罪のお茶会なのか)
その様子を見ていたダイアンがふふっと満足げに微笑む。
「じゃあ、昨日のことは水に流してお茶会を始めましょう」




