第16話:お茶会への招待
翌日、アーロンは学習室でエレノアを待っていた。
「おはようございます」
学習室で大あくびをしていたアーロンは慌てて立ち上がった。
「おはようございます、先生」
びしっと背筋を伸ばしたアーロンにくすっと笑う。
「アーロン様、今日の授業ですが変更があります」
「はあ」
「午後三時から貴族のご令嬢からお茶会の招待状が来ました。行ってきてください」
「お茶会!!」
アーロンは思わず声を上げた。
「お茶会ってなんですか!?」
「貴族の令嬢たちとの社交の場ですね。定期的に開かれて、お茶やお菓子を楽しみながら交流したり、情報を得たりする大事な場です」
「なるほど! 騎士における飲み会みたいなもんですね」
飲むものが茶か酒の違いだけか、とアーロンは勝手に解釈してうなずいた。
それなら何とかなりそうだ。
余裕の表情を浮かべるアーロンだったが、エレノアの話は不穏だった。
「お茶会の主催者はミラー公爵家のダイアン嬢です」
「?」
聞き覚えのない名前にアーロンは首を傾げた。
「あなたが昨日追いかけっこをした令嬢たちのリーダーと言えばわかるかしら?」
「へえ」
悲鳴を上げて逃げ惑う令嬢たちのお仲間というわけだ。雲行きが怪しくなってきた。
「名目上は仲直りのお茶会ということですけど、おそらくは意趣返しでしょうね」
「お、おう……」
子分たちがやり込められたので、親分ーが目に物見せるぞ、とお茶会を開催したようだ。
要は交流を名目にしたアーロンをつるし上げる会らしい。
「でも、俺、いや、私は特に彼女たちに危害を加えたわけでは――」
「ええ、そうでしょう。あなたはそんな心根の歪んだ人ではないし、女の子同士の小競り合いにも興味はないでしょうね」
エレノアがすべてわかっているというようにうなずく。
「でも、あなたは今王妃という座にいる。必然的に女社会と関わることになります。これまであなたがいた騎士団という男社会とはまるで違う場所。それは理解してもらわないと」
アーロンは腕を組み、目を閉じてうなった。
「それがわかんないんだよなあ」
椅子にもたれかかり、はあっと頭の後ろで手を組む。
気を抜いた仕草だったが、エレノアは窘めなかった。
「俺って一応王妃じゃないですか? 令嬢たちは立場上目上の人間に喧嘩を売るってことでしょう? それって社交的にどうなんですか?」
「まだ子どもなんでしょうね。親に保護されている未婚の少女たちはある意味怖いもの知らずだから。それにあなたは平民出身。侮っているのでしょうね」
エレノアの眼鏡の奥の目が光った気がした。
「でも相手を侮っているのはあなたも同じ」
アーロンはぎょっとして頭の後ろに組んでいた手をそそくさと膝に戻した。
エレノアがじっとアーロンを見つめる。
「あなたは腕っ節が強いから、力でねじ伏せることも可能。令嬢たちなど力では相手にならないでしょう。でも、それは王妃の行動ではありません」
アーロンは何も言えなかった。小さくか弱い令嬢たちなど脅威ではないと高をくくっていたのは確かだ。
「挑発に乗ることも、暴力で解決をすることもお勧めしません」
「えっ、俺、女性に暴力を振るったことないですよ!」
「確かに。記録では乱闘事件を何度か起こしていますが、いずれも複数の男性相手ですね」
さらっと過去の経歴を晒されてアーロンは内心驚いていた。
(なるほど、俺のことは調査済みってわけか……)
考えれば当たり前だ。いきなり王妃になった平民など危なっかしくて仕方がない。
王宮は速攻でどんな人物か調べ尽くしただろう。
「あなたの人柄や来歴は存じています。ですが、敢えて言います。毅然とした態度で接するだけでなく、未熟な人間への鷹揚さや慈悲の気持ちも持ってください」
エレノアが静かに微笑んだ。
「権力を持っているからこそ、皆から愛される必要がある。あなたの振る舞いを楽しみにしています」
「……!」
エレノアが授業をカットしてお茶会に行けと言った理由がわかった気がした。
社交の実践、というよりはこれも王妃教育の一環なのだろう。
「任せてください!」
アーロンはドンと胸を叩いた。
実際はお茶会がどんなものか想像もつかなかったが、何が起きても対処するつもりだった。
どん底から成り上がったアーロンにとって『できません』は死を意味する。
どんな難題でも挑むことが勝ち筋に繋がる。
(ま、公爵令嬢つっても年頃の女の子。脅威にはならねえな)
自信満々のアーロンをエレノアが心配そうに見つめていた。




