第15話:アーロンの過去
夜になり、アーロンは寝室に入った。
ベッドに寝そべったルキウスがくつろいだ様子で本を読んでいる。
そんな姿のルキウスを見ても驚いたり緊張したりすることはなくなった。
「ベッドに入ってもいいか?」
「どうぞ」
アーロンはどかっとベッドに仰向けになった。
ルキウスは気にした風もなく読書を続けている。
こうやって一緒のベッドで眠るのも慣れてきた。
言葉どおり、ルキウスは紳士的な態度で接してきて、体の触れ合いは一切求めてこない。
最近ではすっかり寝付きもよくなった。
(こいつはだまし討ちとかしないだろう)
短い付き合いだが、アーロンはすっかりルキウスを信頼していた。
(慎重なカーティスなら、『団長は単純なんだから、もっと相手を疑って』とか小言を言いそうだな)
だが、アーロンとて修羅場をくぐっている。
(ルキウスのことを調べろって頼んだけど、たぶん問題ないだろ)
アーロンは体をひねってルキウスの方を向いた。
「そういえば、側室は作らないのか?」
「なぜ?」
ルキウスが本に目を落としたまま答える。
「いや、令嬢たちがそんなことを言ってたからさ。それに俺は子どもを作れないし」
サンムーンド王国は世襲制ではなく、神託によって王は選ばれる。
そして日の王家と月の王家から交互に王が選出されるので、子どもを作ったからといって王を継いでくれるとは限らない。
だが、子どもを作っておけば今後自分の子が王に選ばれる可能性が出てくる。
「王族ってさ、子どもを作るのを推奨されてるだろ?」
だから側室制度がある。女神の子孫を絶やすことは王国の存亡に関わるからだ。
「そろそろ側室を選んだほうがいいんじゃないか?」
(ルキウスに側室ができたら寝室は別になるのかな……)
ふとそんなことを思っていると、ルキウスが顔を上げた。
「側室は必要ない」
「え」
「私には寵姫が一人いればいい」
あまりにさらっと言われたので、アーロンは呆然とした。
「なんだその口は。何か放り込みたくなるな」
ぱかっと大口を開けているアーロンをからかうようにルキウスが笑う。
(くそっ。思わずときめいてしまった)
アーロンはドキドキする胸を押さえた。
どこまで本気なのかはわからないが、ルキウスがアーロンだけを妻とし、大事にしてくれているのは伝わってくる。
(俺が女だったら天にも昇る気持ちになったんだろうなあ……)
これほど眉目秀麗な王が一途に愛してくれたら、女冥利に尽きるだろう。
そう思うと令嬢たちの嫉妬もわかる。
誰もがアーロンの立場になりたいだろう。
(はあ、本当になんで俺が王妃なんだか)
「でも、そんなに断言しなくてもいいんじゃないか。これから好きな女ができるかもしれないし」
それには答えず、ルキウスが本を閉じた。
「私はいいが……おまえには可哀想なことをしたな」
「へ?」
ルキウスがおもむろに立ち上がると戸棚に置かれた葡萄酒を手に取った。
「とっておきだ。飲むか?」
アーロンがうなずくと、赤紫色の葡萄酒の入ったグラスが手渡された。
口をつけると芳醇な香りが広がった。
「美味いな!」
感嘆するアーロンにルキウスが微笑む。
「おまえはいずれ結婚をして家庭を持ちたかったんじゃないのか?」
「いや? 俺は一人で生きていくつもりだった」
「そうなのか」
意外だったのか、ルキウスが目を見張る。
「おまえは頼りになるし騎士団長という地位もあるのに」
珍しくルキウスが躊躇った。
「なぜか理由を聞いてもいいか?」
ルキウスが遠慮がちに尋ねてくる。
(王族なのに……王様なのにさ。こいつはなんで平民の俺をこんなに気遣ってくれるんだろうな)
「あー、俺女が苦手でさ」
「なぜ」
薄紫色の目が思わぬ力をアーロンはたじろいだ。
思ったより興味を引いてしまったらしい。
特に隠すような話でもないのでアーロンは口を開いた。
「十五歳のとき、初めて女と付き合ったんだ。王都の食堂で働いていた子でさ。三歳年上だったけど、好きだって言われて嬉しくて」
彼女は食堂のいわゆる看板娘だった。
美人ではなかったが目鼻立ちのはっきりした顔をしていて、気さくに話すので客たちから人気があった。
騎士見習いたちがよく行く食堂だったので、よく話題になったものだ。
そんな彼女から誘われてアーロンは舞い上がった。
「だけど、実は俺をからかっていたってわかったんだ。俺が夢中になっている様を面白おかしく地元の仲間たちに話してて」
「地元の仲間?」
「俺は十三歳で家を出て王都に来た浮浪児だった。そのとき、似たような家無し子だった奴らと友達になって一緒に下働きをしたりしてたんだ」
ルキウスが何か言いたげにアーロンを見やる。
「あー、言いたいことはわかる。友達だと思っていたのは俺だけだったのかもしれないな」
平民なのに騎士見習いになったアーロンは仲間内で目立つ存在だった。
そのわりに浮いた噂もない、女性と付き合ったこともない初心さが興味を引いたのだろう。
「仲間たちは彼女に声をかけ小遣いを渡し、引っかけてやれとそそのかしたらしい。やっかみもあったんだと思う。騎士は地位も名誉もある出世コースだからな」
アーロンは遠い目になった。
いつも路地裏にたむろして屋台で買ったものを食べたり、当てもなく町をうろうろしていたあの頃。
何も持たず、将来の展望もなかった。
(だけど楽しかった。たった一人で王都に来た俺にとって、彼らと一緒にいると居場所ができた気分になったんだ)
「不思議だな。俺は下町で日雇いをして一生を終えるはずだったのに」
ルキウスがフッと笑う。
「それが今や王妃か」
「俺が女なら最高の夢物語だな。ま、そういうわけで、俺はガキで初恋と思っていたから、弄ばれたと知ってすごく傷ついた。女を殴るわけにもいかないし、仲間たちともそれきり袂を分かった。すっきりしないまま騎士見習いの仕事に打ち込んだ」
あの時は雑用に追われる日々がありがたかった。
「それ以来、どうも女性に心を開けないんだ。一応騎士だから声をかけられることもあるけど」
強く地位もある騎士と付き合うのはある種のステイタスだ。
アーロンは平民なので貴族の令嬢からお声がかかることはなかったが、町娘たちからは人気があった。
「あの後、何人かと付き合ってみたりしたけどうまくいかなくて。で、面倒になって今に至るって感じ」
高級なワインのせいだろうか。口が滑らかになり自分の奥底に眠っていた感情をさらけ出してしまった。
「なんだよ、その顔。俺が思ったより繊細でびっくりしたか?」
それは本心でもあった。口に出してみると、思っていた以上に傷ついた自分がいたのだ。
ルキウスが葡萄酒の入ったグラスを揺らせる。
「どこにでもいるな。人を傷つけて楽しむ人間というのは」
「えっ」
「私はおまえを傷つけたりしないと誓う。だから安心しろ」
「そんな深刻に捉えんなよ。たいした話じゃない」
「そうか」
アーロンはぐいっと葡萄酒を飲み干した。
こんな風に誰かと話すのはいつぶりだろうか。
(いい夜だな……)
ルキウスが葡萄酒の瓶を差し出してくる。まるで昔からの付き合いの親友のように自然な仕草だった。




