第14話:女社会の洗礼
「失礼ですけど、王妃としての自覚はございますの?」
きらびやかに着飾った令嬢が睨めつけてくる。
貴族の令嬢となど直接話したことのないアーロンは目をぱちくりさせた。
「やっぱり出自がアレな方は……ねえ?」
「こんなみっともない格好をした王妃なんて、王国の恥ですわ」
令嬢たちが口々に罵ってくる。
いきなり集中砲火を浴び、アーロンはぽかんと口を開けて突っ立った。
(えっと、俺は一応王妃なんだが……)
年下の令嬢たちに明らかに舐められている。
「しかも側室をとらないなんて」
「あなたが邪魔しているのではなくって?」
ぎっと睨まれ、アーロンは思わずたじろいだ。それほどの眼光だった。
隠さない憎悪をぶつけられ、アーロンはたじたじとなった。
「いや、オレは何も……」
もごもごと言うアーロンを令嬢たちは冷ややかに眺めた。
「あなた……王妃を辞退なさったら?」
「そもそも男性が王妃だなんておかしいですわ」
「辞退ってできるのか」
アーロンの言葉に令嬢たちがくすくす笑う。
「ええ。王妃という役割を遂行できない状態になれば新しい王妃を選べるんですって」
「……」
つまり、アーロンが死ぬか、生きていても屍同然になればいい、と暗に言っているわけだ。
はっきりとした敵意と悪意を向けられたが、アーロンは驚いたものの特に何とも思わなかった。
(うーん、虐められているんだろうが、俺の腕の一振りで吹っ飛ばせるしな)
自分の胸くらいまでしか身長がなく、ドレスをまとった女性たちなどそこら辺の子猫のようなものだ。
だが、王妃が令嬢たちをぶっ飛ばしたら大問題になるだろう。
(女相手の喧嘩か。さて、どうしたものか)
この程度のチクチク言葉など毛ほども痛くないが、今のアーロンには立場というものがある。
エレノアの言葉が蘇る。
――女性に人気のあったルキウス陛下の妻に選ばれたこと、なおかつ男性であることでやっかまれたり嫌みを言われることもあるでしょう。
――ですが、あなたは王妃。この国の国母です。同じ目線に立って言い返したり感情的な反応を示してはなりません。
――深い慈愛をもって接し、凜として対応するように。
(先生……おそらくはこういう事態を想定してたんだな)
エレノアの憂慮は理解できるが任せてほしい。こちとら、浮浪児からの成り上がりで騎士団長まで上り詰めてきたのだ。
(嫌がらせ、やっかみ、イジメ、全部慣れている)
騎士団と違うのは、武力を行使しないことくらいだろう。
(男同士だと力でわからせるのが手っ取り早いこともあるが……)
相手はか弱い貴族のご令嬢たちだ。
かといって、舌戦を繰り広げるのも性に合わない。というか口ではかないそうにない。
(ここは優雅に穏便に対処だな。まずは正妃としての余裕を見せつけるか!)
(俺は寵姫――)
そう自分に言い聞かせ、アーロンは口角を上げた。
優美に微笑んだ――つもりだった。
だが、ご令嬢たちは一斉に顔を引きつらせ、じりっと後ずさりをした。
そう、さしずめ森で怪物に出会った少女のようだ。
顔は青ざめ、警戒心は極限まで上がっている。ふるふると震えている子までいる。
(あれ?)
思った反応と違う。
アーロンは内心首を傾げながら、ずいっと一歩足を進めた。
(友好的に、穏やかに)
そう言い聞かせているのに、なぜかご令嬢たちは一様に怯えたように肩をすくめ顔を引きつらせている。
(相手の尊厳を傷つけないようにうまく持ち上げて納得させる)
「あの、俺は王宮に慣れていなくて……失礼もあるかと思いますが、仲良くしていただけると嬉しいです」
可愛らしい口ぶりで、きゅっと胸元で手を握り合わせてみる。
(俺は寵姫!!)
少しでも可憐に見せようとしたが、逆効果だったらしい。
ご令嬢たちは一言も発さず、大きく目を見開いてアーロンを見上げている。
息詰まるような緊張が空間を支配していた。
(えっ、これどういう反応?)
「あの……」
膠着した状況を打破しようと手を伸ばした途端、令嬢たちの硬直が解けた。
「きゃーーーー!!」
誰か一人が叫んだかと思うと恐怖が伝播したのか、全員が高い悲鳴を上げた。
「いやーーーー!!」
「きゃーーーー!!」
そして、蜘蛛の子を散らすように令嬢たちが逃げていく。
「えっ、どうかしたのか!?」
アーロンは慌てて辺りを見回したが、異変はない。
(まさか俺に悲鳴を上げたってことはねえよな。だって俺、すごく礼儀正しく丁寧に接したし)
そのとき、アーロンは廊下に扇子が落ちていることに気づいた。
いかにも高価そうなレース仕立ての扇子だ。
「おおい、落とし物!」
アーロンは慌てて拾い、令嬢たちに向かって走り出した。
「きゃーーーーっ!! いやーーーー!!」
振り返った令嬢たちが恐怖に強張った顔で再び悲鳴を上げた。
ようやくアーロンは令嬢たちが自分を怖がっているとわかった。
「え、ええ!? なんで!? 俺、ちゃんと優しく丁寧に……」
取り残されたアーロンは、悲しい思いで一人廊下に佇んだ。
*
「くっ……ははっ!」
「笑い事じゃねえぞ!」
王の執務室に呼び出されたアーロンは、堪えきれず笑い出したルキウスを睨んだ。
「令嬢たちが王妃に追いかけられ、命からがら逃げたと報告を聞いた時は何事かと思ったが……なるほどな」
肩を揺らせながら笑うルキウスにアーロンは憮然とした。
「俺はちゃんとしたんだぞ! チクチク嫌みを言われたけど言い返さず、新参者ですがよろしくって挨拶したんだぞ! しかも落とし物を届けようと!」
ぎゅうっと落とし物の扇子を握りしめてしまい、バキッと二つに折ってしまう。
「あ……」
「さしもの意地悪な令嬢たちも、相手が悪かったな」
ルキウスが笑みをたたえながらアーロンを見やる。
「だが、正面から敵意をぶつけられるのは不快だっただろう。私にできることは?」
アーロンは思わず吹き出した。
「もしかして、心配してくれているのか? あんなの子犬に吠えられたようなもんだって!」
アーロンは大笑いしながら手を振ったが、ルキウスは膝の上で手を組んだ。
「だが、それでもひどい内容だ。死ねばいいと言っているようなものだ」
「あんたさあ、騎士団のイジメ、知らないだろ?」
やれやれと肩をすくめたアーロンに、ルキウスの眉が寄せられる。
「もっと陰湿だし、腕力や体力に自信のある男ばっかりだから表沙汰になったらやばいギリギリの線だぞ」
「殴られたり蹴られたりするのか?」
「それは普通。一番やばいのってどれだっけかなあ。あー。やっぱりあれかな。ロープでぐるぐる巻きにされて湖に落とされたやつ」
「そんな目に遭ったのか」
ルキウスの目が昏くなっていくのに気づかず、アーロンは意気揚々と昔話を始めた。
「いくら俺でも数人がかりだとなー。ロープを解いて、必死で浮上してさ。おかげで泳ぎは得意になった!」
ははは、と笑い飛ばしたアーロンはようやくルキウスの異変に気づいた。
笑い話のつもりが、眉をしかめてこちらを見ている。
これまで見たことのない厳しい表情だ。
(やべ。上品な王族様には過激だったか)
ルキウスの声が低くなる。
「そんなことが横行しているのか」
「まー、平民上がりだとこんなもんだよ。どこにいっても当たりはきつい」
ルキウスが否定的に思うのも無理はない。だが、出自や身分というものは決して切り離せない。嫉妬ややっかみもなくすことはできない。
「鬱憤が溜まってるのもあるな。ずっと平和な時代が続いている。騎士団、つっても華々しい出番がないからね。いいことだけどな」
騎士団の発言力がなく、予算を削られているのは戦争がないという背景がある。
もどかしい思いをしている団員は少なくない。
いざとなれば命を賭して戦う覚悟はあるのに活躍の場がないのだ。
「自分たちの力を示せなくてイライラしてる奴が多いんだよ。実績がないから予算も削られていくし」
「だが、備えは必要だ。おまえの言うとおり予算を増やすよう指示をしておいた」
「ありがとうございます!」
アーロンは少し驚いた。ルキウスの言葉を疑ったわけではないが行動が早い。
(本当になんでなんだろうな……。父親が元国王で、生粋の王族なのになんで平民の俺に対してここまで対等に話してくれるのは)
「対処しきれないなら、すぐに私に言え。妻への無礼は見過ごせない」
「心配すんな。女の子にちょっと嫌みを言われるくらい、蚊に刺されるようなもんだよ」
だが、ルキウスは真顔のままだった。
「小さな虫でも、大きな病気を運んでくることもある」
「わかった、肝に銘じておくよ」
正直、令嬢たちなど眼中になかったが、王宮暮らしの長いルキウスが警告するのであれば、多少は気にした方がいいかもしれない。




