第13話:騎士団へ
なんとか午後の授業を終え、へろへろになりながらもアーロンは騎士団の元へと行った。
幸い、騎士団が居を構える駐屯地は王宮からすぐ近くだ。
馬を借りて走らせるとあっという間に着いた。
「ふう……」
馬を降り、駐屯地に入ると不思議な気分になった。
まるで自分が客のように感じたのだ。
(ここが俺の家だったはずなんだがな)
それでも護衛は付けずに一人でやってきた。
アーロンの強さは王宮でもよく知られていて反対されることはなかったが、王妃としては異例だろう。
まだどんな風に王妃として過ごすのかアーロンにもつかめていない。
(両立なんかできるのかな……)
これから課題は山積みだ。
修練場に向かっていたアーロンは目を見張った。
「お! アンバーじゃねえか」
よたよたと歩いてきたのは白い老猫だった。
いつの間にか厩舎に居着いて、今では騎士団の仲間となっている。
「ほうら、来い」
抱き上げるとうなーんと鳴いて甘えてくる。
「おまえも俺がいなくて寂しかったか?」
小さな猫の顔に頬ずりし、チュッとキスしたところで声がかかった。
「隊長!? いらっしゃるなら言ってくださればいいのに!」
めざとくアーロンを見つけて駆けてきたのは、副団長のカーティスだった。
「悪いな、急に決まったんだ」
焦って猫を降ろすアーロンを、カーティスがクスクス笑いながら見つめる。
地面に降ろされたアンバーが、他に興味を移したのか軽やかに走っていく。
「アンバー、隊長がいなくて寂しそうでしたよ。会えたら元気になったみたいですね」
カーティスがにこりと笑う。
「俺たちも隊長がいないとなんだかやる気が出なくて」
「しっかりしてくれ。今、フェニックス騎士団はおまえにかかってるんだから」
軽く肩を叩くと、カーティスがくすぐったそうに笑った。
カーティスはフェニックス騎士団唯一の貴族の団員だ。育ちがいいのはもちろん三人の兄や姉に溺愛された末っ子らしく、ひねたところがなく自分の感情を素直に出す。
なぜか騎士見習いの時から平民のアーロンに懐き、慕ってわざわざアーロンの騎士団に来てくれた。
アーロンにとっては弟のような存在だ。
しかも聡明で口が堅い。アーロンは信頼に足る人物がいてくれるありがたさを噛みしめた。
「おまえに頼みがある」
声を潜めると、カーティスが得たりとうなずいた。
「なんでもおっしゃってください」
「ルキウス陛下のことを調べてほしい」
アーロンの言葉にカーティスの目がすっと細まった。
「どのようなことでしょう?」
「なんでも。俺はルキウス陛下のことを何も知らないんだ。先々王の子で非常に優秀、という噂しか聞いたことがない」
本来ならそれでよかったはずだ。
たかだか騎士団の団長。直に話す機会などおそらくなかっただろうし、どんな王がトップだろうと騎士団は国や王家に尽くすだけだ。
「配偶者について何も知らないというのは恐ろしいですからね」
カーティスがうなずく。
「正直、私もよく知らないんです。ですが、伝手を辿って情報を集めます」
カーティスが心配そうに見つめてくる。
「団長、大丈夫ですか? いきなり王妃なんて」
「まあ、女神様の指名だからな。しょうがない。でも、ルキウスには良くしてもらってるよ」
「ならいいのですが……」
貴族であるカーティスには様々な情報が来ているのだろう。
「団長はまっすぐな方だから王宮でやっていけるか心配で」
「こいつ! 俺が何かやらかすと思ってるだろ!」
首に腕を回してがっちりホールドすると、カーティスが笑った。
「あはは! だって団長ですから!」
アーロンは軽くカーティスを小突くと、笑いながら修練場に向かった。
(やっぱりここが俺の故郷だなあ。伸び伸び自分らしくいられる)
久しぶりに大きく呼吸ができる気がする。
いかに王宮で緊張を強いられているか実感した。
(ま、慣れてないってのもあるんだろうけど……)
修練所に入ると、皆が手を止めて駆けよってきた。
「団長!」
二日ぶりだが、長い間会っていなかったように懐かしい。
「すまえねえな、なかなか来られなくて」
「団長がいないと楽でいいんで」
「くつろげましたよ」
軽口に反し、皆は汗まみれで傷だらけだ。アーロンは胸が熱くなった。
「あっ、もう団長って呼んじゃダメなんでしたっけ」
「構わない。団長も兼任していいってことだから」
アーロンの言葉に団員たちがホッとしたような表情になった。
「よかったー。王妃様って呼びながら団長を見たら絶対にふきだしてしまうと思って」
「だよな」
アーロンが大きくうなずくと団員たちがどっと笑った。
「柄じゃねえよ、王妃なんて」
「でも、断れないんですよね? 神託だから……」
心配げに見てくる団員たちを安心させるようにうなずく。
「悪いことばかりじゃないさ。騎士団の予算を増やしてもらえることになった。うまい飯がたくさん食えるようになるぞ」
「本当ですか!」
「すげえな、王妃様って!」
喜んだのも束の間、団員たちがアーロンに詰め寄る。
「防具や武具もひどいんで何とかなりませんか?」
「あと、宿舎……雨漏りとか修繕してもキリがなくて」
「待遇改善について議会に議案をしていくつもりだ。カーティス、まとめておいてくれ」
「承知しました」
カーティスがにっこり笑う。
「おまえにばかり負担をかけちまうが……」
遠慮がちにつぶやいたアーロンに、カーティスがそっと胸に手を当てた。
「そのための副団長です。それより、団長を退任するのだけはやめてください。俺たちは団長についてきたんで」
「わかってる。俺も辞める気はねえよ。陛下にもそう伝えてる」
アーロンがきっぱり言うと、団員たちがざわめいた。
「陛下と直接話せるってやっぱりすごいですね」
「そうだぞ。おまえたちには王妃がついてる」
ことさら大げさに胸を叩いてみせるアーロンに団員たちが安心したように笑みを見せた。
「なんか心強いな」
「おうよ。こんな大変なお役目を務めてるんだ。せめて騎士団に何か還元されないとやってられねえよ」
アーロンは腕をぶんぶん回した。
「さて、体がなまってしょうがねえ」
アーロンはうきうきと木剣を持つ。
「さあ、順番にかかってこい!」
二時間ほどみっちりと訓練をしたアーロンの顔は汗だくだったが満足げだった。
団員たちに別れを告げ馬の乗ると、一抹の寂しさがこみ上げる。
(あそこが俺の実家のようなもんなんだよなあ……)
十四歳でスカウトされ、騎士見習いになって。
ひどいイジメもあったけれど、何より仲間に恵まれて。
ようやく自分の騎士団を持てた。
(やっぱり俺、団長でいたい……)
王妃の責務はわかっている。だが、騎士団にいることを諦めたくなかった。
(ちゃんと両立できる! できるはずだ!)
馬を飛ばし王宮に戻ったアーロンは手で汗をぬぐいながら廊下を進んだ。
令嬢たちの集団とすれ違ったとき、棘のある声が飛んできた。
「嫌だわ、あんな格好で」
「王妃としての自覚がないのかしら」
「ねえ、アーロン様でしたっけ」
名前を呼ばれ、アーロンは振り返った。




