第9話「位山、刃物の山」
事態を重く見た愛知県警から、応援の刑事が三人、可児署に派遣されてきた。三枝、中村、小山。いずれも渋い顔つきの、叩き上げの刑事たちだった。
「岐阜県警さんの縄張りに口を出す気はないが、これはもう一県警だけで抱える規模の話じゃないでしょう」
三枝の言葉に、雨月雅之は苦い表情で頷くしかなかった。地元警察の慎重な捜査と、県外からの介入。現場には、微妙な緊張が漂い始めていた。
一方、工藤俊一と秋月小五郎、そして依頼人である山田貴明は、独自の調査で飛騨の位山へと向かっていた。
道中、山田はふと思い立って、根古親司のもとに立ち寄っていた。
「根古さん、位山について、何か知っていることはありますか」
「わしは専門家じゃないが……」
根古はそう前置きしながらも、縁側で茶をすすりつつ、静かに語った。
「位山は、水無神社の御神体だ。天皇陛下の即位の際、あの山のイチイの木で作った笏が献上される、という話は聞いたことがあるだろう」
「ええ、資料でも見ました」
「では、こういう話は聞いたことがあるかね。位山のイチイの木で作った刃物で、天照大神の胞衣を切った、という言い伝えがあるそうだ」
山田は思わず手帳を取り出した。
「胞衣、というと……」
「へその緒だよ。もし本当にそんな伝承があるとして――」根古は湯呑みを置き、初めて少し身を乗り出した。「切ったのなら、その胞衣自体は、どこに納められたんだろうね」
根古はそれ以上を語らなかった。あくまで「一つの疑問」として、山田の前に置いただけだった。だがその一言は、山田にとって、これまでの調査すべてを貫く一本の芯になった。
位山の登山道で、神主・松平秀麿の家に伝わる古文書の写しを確認しながら、工藤は根古から伝え聞いたその話と、資料の記述が一致することに気づいた。
「秋月さん、これ……根古さんの言ってた通りだ」
「刃物の山、か。だとすれば、胞衣の方の山があるはずだな」
そこへ、山田の携帯に、自動車屋の加藤敬三から連絡が入った。
「山田さん、この間頼まれてた件だけどよ。深夜に山道を走ってた車、ナンバーまでは分からんかったが、走ってった方角なら分かるぞ」
「どちらです」
「位山じゃない。もっと南――中津川の方角だ」
電話を切った山田は、工藤と秋月に向き直った。
「南、中津川方面。位山じゃない」
工藤の目が、地図の上を素早く滑った。指が止まったのは、ある一点――中津川市にそびえる、恵那山だった。
「向こうは、もう気づいてる。俺たちより先に、答えに近づいてるかもしれない」
多治見署長の小倉裕司から、旧知の根古を通じて雨月にもたらされた情報もあり、警察側と工藤たちの調査は、この日を境に、緩やかに合流していくことになる。しかし、それが間に合うかどうかは、まだ誰にも分からなかった。




