表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャーナリスト  作者: 賀茂丈晴
PR
10/24

第10話 「恵那山、胞衣の記憶」

恵那山――地元では古くから「胞山(えなやま)」とも呼ばれてきた、その山頂付近に、夜明け前から複数の人影が集まっていた。


 工藤俊一、秋月小五郎、そして山田貴明。三人が息を切らして辿り着いたとき、すでに現場には、二つの勢力が対峙する形で立っていた。


 一方には、ステーブ・ヘイブンスと、護衛のカルロス、ホセ。北村唯と遠藤成気の姿もある。もう一方には、一石誠二、マーク・コーエン、ベン・ダヴィド。そして、これまで気配だけを見せていたジェイコブ・ラファエルとアンナ・レヴィが、静かに周囲を固めていた。


「……派手な顔ぶれだな」


 秋月が小声で漏らす。


 山田は一歩前に出た。ジャーナリストとしての本能が、この場を「取材対象」ではなく「介入すべき現場」だと告げていた。


「みなさん、これ以上事を荒立てるのは、双方にとって得策じゃないと思いますが」


 ステーブがゆっくりと振り返った。


「ミスター山田。噂は聞いている。だが、これは我々にとって、単なる好奇心の問題ではない」


「古代の暦の技術、ですか。金山の巨石で見つけた測量の痕跡は、あなた方のものですね」


 ステーブは肯定も否定もしなかったが、その沈黙が答えだった。


 一石が、静かに口を挟んだ。


「我々の目的は、彼らとは違う。この山には、天照大神の胞衣が納められたという伝承がある。そして北の位山には、その胞衣を切ったとされる刃物の伝承が」


「日ユ同祖論、でしたね。日本の総祖神と、あなた方の唯一神が同じ源流を持つという」


 一石は頷いた。


「証明できるとは思っていない。だが、確かめずにはいられない者が、我々の中にもいるのです」



 その時、山の斜面から静かに姿を現したのは、意外な人物だった。


「みなさん、朝早くからご苦労なことだ」


 根古親司だった。飄々とした足取りで、まるで散歩の途中のような顔をしている。足元には、いつの間にか黒猫のヤマトもついてきていた。


「根古さん!? どうしてここに」


 驚く山田に、根古は苦笑した。


「小倉から、雨月くんたちがこっちに向かっていると聞いてね。わしは首を突っ込むつもりはなかったが……まあ、野次馬根性というやつだ」


 根古はそう言うと、集まった一同を見渡し、静かに言葉を続けた。


「あんたらの言う『証明』とやらは、多分、ここでは見つからんよ」


「……どういう意味です」


 ステーブが眉をひそめる。根古は、遠くの山並みを眺めながら答えた。


「伝承ってのはな、事実かどうかを確かめるためにあるんじゃない。人がこの土地とどう向き合ってきたか、その記憶の形なんだ。刃物の山と、胞衣の山。二つの伝承が対になっているというその事実自体が、答えなんじゃないかね」


 その言葉に、その場の誰もが、しばらく黙り込んだ。


 やがて、雨月雅之を先頭に、山本彩織、平圭、そして愛知県警の三枝、中村、小山らが、山道を登ってくる足音が聞こえてきた。県警の介入によって、この対峙は、これ以上の実力行使には発展しないまま、静かに幕を引くことになった。



 数週間後。


 山田貴明が書き上げた記事は、事件の核心――国際的な諜報機関の暗躍そのもの――には触れなかった。代わりに、彼はこう書いた。


 『飛騨・美濃の山々には、古代から続く聖地のネットワークが眠っている。その真偽を確かめようとした人々がいたことも、また一つの事実である。伝承とは、答えを与えるものではなく、問い続けることを許すものなのかもしれない』


 記事は静かな反響を呼び、いくつかの取材依頼が山田のもとに舞い込んだ。だが、彼はそれ以上、この件を深追いすることはなかった。


 根古親司の家の縁側では、いつも通り、黒猫のヤマトが陽だまりの中で丸くなっていた。時折、山の方角に目をやることはあっても、もうそこに、以前ほどの緊張感はないようだった。


「さて、と」


 根古は湯呑みを傾けながら、誰にともなく呟いた。


「今日も、いい天気だ」


(完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ