第7話「大使館からの影」
その男が温泉宿のロビーに現れたとき、フロント係は一瞬、言葉を失ったという。仕立てのいいスーツに、隙のない物腰。イスラエル大使館関係者、一石誠二だった。
「お忙しいところ恐縮です。少し、お話をお伺いできますか」
一石が声をかけたのは、宿で休んでいた工藤俊一だった。工藤が個人的に依頼を受けて動いていることを、すでに把握している口ぶりだった。
「非公式な立場での訪問だと理解してください。私の同僚も紹介します」
背後に控えていたのは、マーク・コーエンとベン・ダヴィド。表向きは大使館の文化担当職員という肩書きだが、その立ち振る舞いは、工藤の目には明らかに違って映った。
「文化担当の方にしては、ずいぶんと姿勢がいいですね」
工藤の皮肉に、一石は微かに笑っただけで答えなかった。
同じ頃、秋月小五郎は宿の裏手で、見慣れない二人組を目撃していた。若い男女――ジェイコブ・ラファエルとアンナ・レヴィだ。一見して観光客の格好をしているが、その体の動かし方、周囲への視線の配り方は、明らかに実戦の訓練を積んだ人間のものだった。
「……工藤、まずいぞ。あっちも、ただの外交官じゃない」
秋月の報告を受けた工藤は、一石との会話を思い返しながら、静かに切り出した。
「一石さん。単刀直入に伺いますが、あなた方の本当の目的は何です」
一石はしばらく沈黙した後、意外にも率直に語り始めた。
「……工藤さん。日本には、日ユ同祖論という説があるのをご存知ですか」
「聞いたことはあります。日本人とユダヤ人が、同じ祖先を持つという」
「秦氏、景教、八幡――ヤハタとヤハウェ。これらは単なる語呂合わせだと、あなたも思うでしょう。しかし我々の中には、これを本気で検証すべきだと考える者がいる」
一石の口調は、外交儀礼のそれではなく、どこか信仰に近い響きを帯びていた。
「この地域に伝わる、三柱鳥居、位山、恵那山……。我々は、そこに眠っているかもしれない何かを、確かめに来ているのです」
「何か、というのは」
「それが分かれば、苦労はしません」
一石はそう言って、初めて人間らしい、疲れたような笑みを見せた。
工藤はその夜、秋月と二人、宿の一室でこれまでの情報を整理していた。
「NSAは、太陽観測の技術的な痕跡を追ってる。そして、あっちは……信仰の裏付けを探してる、ってことか」
「動機がまるで違う。だが、行き着く先の『場所』は同じらしいな」
工藤は窓の外、山の稜線に目をやった。あの三柱鳥居も、金山の巨石も、そしてまだ見ぬ位山や恵那山も、すべてが一つの糸で繋がっているという確信だけが、静かに強まっていく夜だった。
(第8話へ続く)




