ジャーナリストの見た境界線 「旧友の影」
その週末、根古のもとに、思いもよらない相手から、直接の連絡が入った。
「――親司? 俺だ、スティーブだ」
懐かしい声だった。根古は、一瞬、言葉に詰まった。
「――スティーブ・ヘイブンス……お前、まさか」
「――ああ、まさか、だよ。あの頃、まさか、こんな形で連絡することになるとはな」
スティーブ・ヘイブンスは、五十七歳。かつて、根古が若い頃、留学先で共に学んだ、大学の後輩だった。もう何年も、連絡を取っていなかった相手だった。
「――お前、今、何をしている」
「――正直に言うよ、親司。今、NSAで、それなりの立場にいる」
根古は、静かに息を吐いた。
「――そうか」
「――お前が、今、追いかけている件――東山道の"力"の話だ。これは、もう、個人的な感傷抜きで、話をさせてくれ」
スティーブの声には、旧友としての親しみと、仕事上の緊張とが、複雑に入り混じっていた。
「――俺たちの組織も、この件に、正式に注目し始めている。だが、親司、これだけは信じてほしい――俺は、お前や、あの土地の人たちを、傷つけるつもりは、微塵もない」
「――だったら、何のために、連絡してきた」
「――お前に、直接、状況を伝えたかった。今、この件を巡って、あまりにも多くの国が、それぞれの思惑で動き始めている。このままだと、誰かが、制御を失った形で、強引な手段に出る可能性がある」
根古は、その言葉に、静かに耳を傾けた。
「――お前は、どうしたいんだ」
「――俺個人としては、この件が、無用な形で、暴力的に解決されることを、避けたい。だからこそ、親司、お前と、直接、情報を共有できないかと思っている」
根古は、しばらく考えた後、答えた。
「――分かった。会おう。ただし」
「――ただし?」
「――俺一人の判断では、決められないことも多い。他の関係者も、同席させる」
「――構わない」
同じ頃、山田のもとにも、新たな接触があった。
「――初めまして。一石誠と申します」
名乗ったのは、五十四歳の日本人男性だった。名刺には、「駐日イスラエル大使館」の肩書きと、「考古学アドバイザー」という、少し変わった役職が記されていた。
「――考古学、アドバイザー?」
「――ええ。大使館の文化交流部門で、考古学的な見地から、様々な案件の助言をしています。もちろん、それだけではありませんが」
一石は、穏やかな笑みを浮かべながら、そう答えた。
「――東山道沿いの、古代の封印地について、興味深い研究をされていると伺いました」
「――どこで、その情報を?」
「――モサド筋からの情報、と言えば、ご理解いただけますか」
一石は、あっさりとそう答えた。
「――私自身は、考古学者としての立場から、この件に関心を持っています。もちろん、大使館としての、別の関心もありますが」
山田は、その率直さに、かえって警戒を強めた。
(――この男も、草薙と同じタイプか。隠さない、ということで、逆に、こちらの警戒を解こうとしている)
「――ハリー・ラングリーという名前、ご存知ですか」
一石の問いに、山田は、首を振った。
「――CIAのエージェントです。彼も、この件について、独自に動いています。恐らく、近いうちに、あなた方に接触してくるでしょう」
その予言めいた言葉通り、その二日後、山田のもとに、四十八歳のアメリカ人男性――ハリー・ラングリーから、直接の面会の申し入れが届いた。
「――さすがに、多すぎる」
「ラクカ」に集まった一同を前に、根古は、深く息を吐いた。
スティーブ・ヘイブンス(NSA)、一石誠(イスラエル大使館)、ハリー・ラングリー(CIA)、琳郡怜(C国軍)、アーラブ・カウール(インド)、そして、正体不明のMIT、モサド関連の接触者たち――関わる勢力は、既に、片手では数えきれないほどになっていた。
「――こうなると、もう、俺たち民間人だけの手には、負えない範囲だ」
万城目が、疲れた声で言った。
「――だが」
根古は、静かに、しかしはっきりと言った。
「――こうなればなるほど、はっきりしてくることもある」
「――何がですか」
山田の問いに、根古は、缶コーヒーを一口飲んでから、答えた。
「――これだけの国と組織が、それぞれ独自に動いているのに、誰一人として、まだ、実際に"力業"で、あの土地に手を出していない」
「――確かに」
「――ということは――みんな、それぞれの立場で、様子見をしている、ということだ。誰も、最初の一手を、打ちたくない」
根古は、周囲を見渡した。
「――だったら、俺たちがやるべきことは、一つだ」
「――何です」
「――この"様子見"の均衡を、俺たちの側に、有利な形で、崩してやる」
その言葉に、一同は、静かに、しかし緊張した面持ちで、根古を見つめた。




