ジャーナリストの見た境界線 「旧友との対話」
スティーブ・ヘイブンスとの面会は、根古の希望で、名古屋郊外にある、小さな日本料理店の個室で行われることになった。同席したのは、根古と、山田の二人だけだった。
「――随分と、渋い店を選ぶんだな、親司」
スティーブは、久しぶりに顔を合わせた根古を見て、懐かしそうに笑った。年齢を重ねても、その笑い方だけは、学生時代と変わらないように、根古には思えた。
「――お前が、静かに話したいと言ったんだろう」
「――ああ、その通りだ」
二人は、しばらく、当時の思い出話に花を咲かせた。だが、それも、料理が運ばれてくるまでの、束の間のことだった。
「――さて」
スティーブは、箸を置き、表情を改めた。
「――本題に、入ろうか」
「――ああ」
根古も、静かに頷いた。
「――まず、聞かせてくれ。お前は、なぜ、この件に関わっている」
根古の問いに、スティーブは、しばらく考えるように、間を置いた。
「――俺の部署は、次世代のエネルギー安全保障に関する、情報分析を担当している。東朋美という研究者の予稿が、国際的な学術データベースに上がった時点で、俺たちのシステムが、それを自動的に検知した」
「――システムが、自動で?」
「――ああ。今の時代、こういう情報収集は、人間の判断より先に、AIによる自動分析が、まず走る。その後、担当者――つまり、俺のような人間が、詳細を精査する、という流れだ」
「――お前個人の意志で、この件を追っているわけじゃない、ということか」
「――半分は、そうだ。だが、もう半分は――」
スティーブは、少し言いにくそうに、続けた。
「――親司、お前の名前が、関連情報の中に出てきた時、正直、驚いた。それで、俺は、自分から志願して、この件の担当になった」
根古は、その言葉に、複雑な表情を浮かべた。
「――俺を、心配してくれたのか」
「――半分はな。もう半分は、正直に言えば――お前が関わっているなら、この件は、単なる眉唾物のオカルト話じゃない、と確信したからだ」
スティーブは、真剣な眼差しで、根古を見つめた。
「――親司、お前は、昔から、そういう男だった。根拠のない話には、絶対に首を突っ込まない。お前が本気で動いているということは、そこに、何か、本当に重要な"事実"があるということだ」
根古は、しばらく黙っていた。
「――で、お前は、これから、どうするつもりだ」
「――正直に言う。俺の上司――NSAの上層部は、この"力"に、強い関心を持っている。もし、それが本当に、未知のエネルギー技術に繋がるなら、国家安全保障上、無視できない、と」
「――手を出すつもりか」
「――俺個人としては、慎重であるべきだと、進言している。だが、上が、それをどこまで聞き入れるかは、正直、分からない」
根古は、静かに、しかしはっきりと言った。
「――スティーブ。もし、お前の組織が、力業で、あの土地に手を出そうとするなら――俺は、お前とも、敵対することになる」
スティーブは、その言葉に、少し寂しげな表情を浮かべた。
「――分かっている。だが、親司。俺が、こうして、直接お前に会いに来た理由は、もう一つある」
「――何だ」
「――お前たちの側に、"交渉の材料"を渡したい」
根古は、思わず、身を乗り出した。
「――どういうことだ」
「――俺たちが掴んでいる情報の中に、草薙賀という、日本の防衛省の人間に関する、重要な事実がある」
「――草薙の?」
山田が、思わず口を挟んだ。
「――草薙は、この件を巡って、複数の国の情報機関に、意図的に情報をリークしている――俺たちは、そう見ている。だが、その"目的"について、お前たちが知らない情報を、俺たちは掴んでいるかもしれない」
根古と山田は、思わず、顔を見合わせた。
「――話してくれ」
根古の言葉に、スティーブは、一度、深く息を吸ってから、静かに口を開いた。
「――草薙賀は、実は、荒牧大輔の――義理の甥にあたる人物だ」
その事実に、根古と山田は、しばらく、言葉を失っていた。




