ジャーナリストの見た境界線 「漏れた場所」
アーラブ・カウールとの面会は、根古の判断で、喫茶店「ラクカ」ではなく、名古屋市内のホテルのラウンジで行われることになった。
「――あまり、地元に、これ以上の"外部"を近づけたくない」
根古は、そう言って、自らも同席することを決めた。山田、万城目、蒲原、大場、そして根古――五人が、ラウンジの奥のテーブルで、アーラブを待った。
現れたアーラブは、三十代半ばと思われる、鋭い眼光を持つ女性だった。名刺には、民間のシンクタンクの肩書きが記されていたが、それが表向きのものであることは、誰の目にも明らかだった。
「――お会いできて、光栄です」
アーラブは、流暢な英語混じりの日本語で、丁寧に挨拶をした。
「――単刀直入に伺います」
根古が、前置きなしに切り出した。
「――お前さんたちは、この件について、どこから情報を得た」
アーラブは、その問いに、意外にも、あっさりと答えた。
「――正直にお話しします。我々が最初に、この件に注目したのは、ある学術論文がきっかけでした」
「――学術論文?」
孝之の名前を思い出しながら、山田が身を乗り出した。
「――佐藤孝之という、日本の研究者の論文でしょうか」
「――いいえ」
アーラブは、首を振った。
「――佐藤先生の論文は、我々も把握していますが、あれは、核心には触れていません。我々が注目したのは、別の論文です。東朋美という、名古屋大学の准教授が、去年、国際学会で発表した、ある予稿でした」
その名前に、根古と山田は、思わず顔を見合わせた。
「――東朋美?」
「――ええ。その予稿には、明言こそされていませんでしたが、"中部地方のある地域における、未解明のエネルギー的異常"についての、示唆的な記述がありました。学術的には、慎重な言い回しでしたが……我々のような立場の人間には、十分に"意味のある"内容でした」
根古は、深く息を吐いた。
(――東朋美。あの、憶測先行の准教授か)
「――彼女は、悪意があって、それを書いたわけではないはずだ」
根古は、静かに言った。
「――功名心から、確証のない仮説を、急いで発表した。それだけだろう」
「――ええ、おそらくは」
アーラブは、頷いた。
「――ですが、結果として、その予稿は、我々だけでなく、恐らく、他の複数の国の情報機関の目にも、留まっているはずです」
その言葉に、その場の空気が、一段と重くなった。
「――つまり」
万城目が、苦い顔で言った。
「――琳という大佐も、それを見て動いた、ということか」
「――可能性は、高いと思います」
アーラブは、静かに続けた。
「――琳大佐の場合は、それに加えて、荒牧という参謀の計画に関する、内部情報の一部も、入手しているようです。恐らく、荒牧参謀の処分に関わった人間の中に、情報を、意図的か、あるいは不注意によって、漏らした者がいるのではないか、と考えています」
「――防衛省の内部から?」
山田が、緊張した声で尋ねる。
「――断定はできません。ですが、荒牧参謀の計画の詳細――特に、四箇所の封印地の具体的な位置に関する情報は、学術論文だけでは、決して分からないはずのものです。それが、琳大佐の手元にある、ということは」
「――内部に、情報提供者がいる、ということか」
根古が、低く呟いた。
「――草薙、という可能性は?」
山田の問いに、アーラブは、少し考えるように、間を置いた。
「――草薙賀、という名前は、我々の情報網にも、上がっています。彼が、意図的に情報を流している可能性も、否定はできません。ただ――」
「――ただ?」
「――もし、彼が本当にそれを行っているとすれば、その"目的"が、我々には、まだ見えてきません。彼は、荒牧参謀のような、単純な野心家には見えない」
根古は、しばらく黙って、アーラブの言葉を咀嚼していた。
(――草薙は、俺たちに"管理"という言葉を使った。もし、あいつが、あえて情報を外部に漏らしているとしたら――それは、一体、何のためだ)
「――アーラブさん。あんたは、この件について、これから、どう動くつもりだ」
根古の問いに、アーラブは、静かに、しかしはっきりと答えた。
「――我々の立場としては、この"未知の資源"が、どこか一国の、あるいは一組織の独占的な管理下に置かれることを、望んでいません。それは、地域全体の安定を、脅かしかねないからです」
「――だから、こうして、俺たちに接触してきた、と」
「――ええ。もし、可能であれば――この件を、透明性のある形で扱えないか、ご相談したいのです」
その提案に、山田は、複雑な表情を浮かべた。
(――草薙の"管理"、琳の"焦り"、そして、アーラブの"透明性"。それぞれが、それぞれの立場で、この土地の力を求めている)
根古は、缶コーヒーの缶を、静かに握りしめながら、窓の外を見つめた。名古屋の夜景が、いつもと変わらず、静かに広がっていた。
「――一つ、はっきりさせておきたいことがある」
根古は、アーラブに向き直った。
「――お前さんたちの誰であれ、この土地の"力"を、実際に暴こうとするなら――俺たちは、全力で、それを止める」
アーラブは、その言葉に、静かに頷いた。
「――ええ。それは、承知しています」




