ジャーナリストの見た境界線 「提案」
「――どうやって、この番号を」
山田の問いに、草薙は、軽く笑うような気配を見せた。
「――名刺交換のマナーとして、こちらも多少の下調べはします。ジャーナリストの山田貴明さん、防衛省関連の記事を、これまでいくつも書かれていますね」
「――ずいぶん、手回しがいい」
「――職業柄です。それより、少しお時間、いただけませんか」
「――何のご用件で?」
「――お互いに、無駄な労力を使わずに済む方法が、あるかもしれない、という話です」
草薙の声には、脅しの色はなかった。むしろ、事務的なまでに淡々としていた。
「――明日、多治見の駅前にある喫茶店で、いかがでしょう。『ラクカ』という店、ご存知ですか」
その店名に、山田は、内心で驚いた。根古たちが、いつも集まっているという店の名前だった。
「――なぜ、その店を」
「――偶然、いい店だと聞いたものですから」
草薙の返答は、あくまで軽く、しかし、山田には、それが決して偶然ではないように思えた。
「――分かりました。明日、伺います」
電話を切った後、山田は、すぐに万城目たちに、会話の内容を伝えた。
「――ラクカで? あそこは、根古さんたちの、いわば本拠地みたいな場所じゃないですか」
大場が、驚いたように言う。
「――向こうも、それを知った上で、指定してきたんだろう」
蒲原が、腕を組みながら言った。
「――つまり、根古さんたちの存在も、既に把握している、ということか」
「――だとしたら、随分と、手強い相手だ」
万城目が、低く唸った。
山田は、すぐに根古に連絡を入れた。
「――草薙が、明日、ラクカで会いたいと言ってきました」
電話の向こうで、根古は、しばらく沈黙した後、静かに答えた。
「――俺も、同席しよう」
「――いいんですか」
「――向こうが、あの店を指定してきた時点で、俺たちを巻き込む気だということだ。ならば、正面から受けて立った方がいい」
翌日、喫茶店「ラクカ」には、いつもより緊張した空気が漂っていた。
太田豊は、いつも通り、黙ってコーヒーを淹れて回っていたが、その目には、僅かな警戒の色があった。
定刻通りに現れた草薙は、店に入るなり、根古の姿を認めて、丁寧に一礼した。
「――根古親司さん、ですね。お噂は、かねがね」
「――お前さんの噂は、あまり聞かないがな」
根古は、缶コーヒーを片手に、静かに草薙を見据えた。
「――座れ。何を提案しに来た」
草薙は、勧められた席に座ると、穏やかな表情のまま、話し始めた。
「――単刀直入に申し上げます。私は、荒牧参謀の計画を、そのまま引き継ぐつもりはありません」
その言葉に、その場にいた全員が、僅かに驚いた表情を見せた。
「――どういうことだ」
「――荒牧参謀のやり方は、あまりにも性急で、乱暴でした。土地の"力"を、力業で暴こうとした。その結果、二つの現場で、危険な事態を招いた」
草薙は、静かに続けた。
「――私は、もっと慎重に、時間をかけて、この件を扱いたいと考えています。皆さんが持っている情報――特に、月山家や江刺家に伝わる古文書の内容が、そのために、非常に重要だと考えています」
「――つまり、また同じことを、より巧妙にやろうとしている、ということか」
根古の声には、隠しきれない警戒があった。
「――いいえ」
草薙は、はっきりと否定した。
「――私が目指しているのは、この土地の"力"を、暴くことではありません。むしろ、それが二度と、荒牧参謀のような人間によって、乱暴に扱われないよう、正式に、国家として"管理"する体制を作ることです」
その言葉に、山田は、思わず口を挟んだ。
「――管理、というのは、結局、利用しようとしているのと、同じではないですか」
「――違います」
草薙は、山田の方を向いた。
「――利用しようとする人間が、これからも現れないとは、限りません。荒牧参謀のような人間が、また出てくる可能性がある以上、誰かが、正式な形で、この情報を管理し、無秩序な接触を防ぐ必要がある――そう、考えているだけです」
その論理は、一見、筋が通っているように聞こえた。だが、根古は、静かに首を振った。
「――お前さんの言うことが、本当だとしても――『管理』という言葉の裏に、どんな意図が隠れているか、俺には、まだ分からない」
草薙は、しばらく根古を見つめた後、小さく微笑んだ。
「――ご懸念は、よく分かります。ですから、今日は、無理にお願いするつもりはありません。ただ、一つだけ、覚えておいていただきたい」
「――何だ」
「――この件に興味を持っているのは、私たちだけではない、ということです」
その言葉に、店内の空気が、一段と冷え込んだ。
「――どういう意味だ」
「――言葉通りです。国内だけでなく、いくつかの海外の機関も、この土地の"力"について、既に情報を掴んでいる可能性があります」
草薙は、そう言うと、静かに席を立った。
「――今日は、これで失礼します。またお目にかかりましょう」
草薙が店を出ていった後、しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、根古が、缶コーヒーの残りを飲み干し、静かに呟いた。
「――厄介なことに、なってきたな」




