ジャーナリストの見た境界線 「礼儀正しい影」
翌週、四人は、伊那谷の分杭峠付近に足を運んだ。
昨年、根古たちが荒牧と対峙した場所――今は、何事もなかったかのように静けさを取り戻していたが、林道の入り口には、以前と同じような轍の跡が、新しく残っていた。
「――また、来ているみたいですね」
大場が、轍を指差しながら言う。山田は、周囲を注意深く見渡した。
「――今日は、誰もいないようだが」
四人は、慎重に林道を進み始めた。三十分ほど歩いたところで、以前、根古たちが見たという祠跡が見えてきた。だが、様子が違った。以前のような大掛かりな探査機材ではなく、もっと簡素な、目立たない小型の機器が、数点だけ設置されている。
「――少人数で、静かにやっている、ということか」
万城目が、低く呟いた。
「荒牧の時とは、明らかにやり方が違う」
その時、背後から、落ち着いた声が響いた。
「――こんにちは。皆さん、ハイキングですか」
四人が振り返ると、そこに、一人の男が立っていた。四十代半ば、姿勢のいい、しかしどこか穏やかな雰囲気を纏った人物だった。荒牧のような、威圧的な鋭さはない。むしろ、物腰の柔らかい、大学教授のような印象すらあった。
「――失礼ですが、あなたは?」
山田が尋ねると、男は、名刺を取り出しながら、丁寧に一礼した。
「――申し遅れました。防衛装備庁の、草薙と申します」
その名前に、四人は、内心で緊張を走らせた。
「――ここで、何を?」
「――地質調査の一環です。この辺り、少し珍しい鉱物資源の可能性がある、という報告がありまして」
草薙の口調は、あくまで穏やかだった。だが、その目は、四人を一人一人、静かに観察しているようだった。
「――皆さんは、取材か何かで?」
「――ええ、まあ」
山田は、慎重に言葉を選んだ。
「――地方の言い伝えについて、少し調べています」
「――ああ、鬼岩の一件ですね。昨年、話題になりましたね」
草薙は、あっさりとその名前を口にした。まるで、隠す必要すら感じていないかのような態度だった。
「――ご存知でしたか」
「――もちろん。私も、その筋の話には、多少、興味がありますので」
草薙は、微笑みながら、しかし、その微笑みには、どこか底の見えない冷ややかさがあった。
「――皆さんも、この辺りの言い伝えに、お詳しいのでは?」
山田は、その問いに、慎重に答えた。
「――少しだけ」
「――それは、興味深い。もし機会があれば、ぜひ、お話を伺いたいものです」
草薙は、そう言うと、腕時計にちらりと目をやった。
「――そろそろ、私は失礼します。皆さんも、山の中は、日が落ちるのが早いですから、お気をつけて」
草薙は、それだけ言うと、機器の方へと戻っていった。四人は、しばらく、その後ろ姿を見つめていた。
「――何なんだ、あの男」
林道を戻りながら、万城目が、低い声で言った。
「――荒牧とは、全然、違うタイプだな」
「――威圧的でもないし、隠そうともしない」
蒲原が、考え込むように言った。
「――むしろ、それが、不気味だ。何を聞いても、あっさり答える。まるで、こちらが何を知っているか、既に把握しているような」
「――試されている、ということでしょうか」
大場の言葉に、山田は、静かに頷いた。
「――かもしれない。あの男は、俺たちを警戒するどころか、むしろ、こちらの出方を、じっくり観察している」
山田は、しばらく考えた後、口を開いた。
「――根古さんに、報告しよう。それと」
「――それと?」
「――俺たちも、これまで以上に、慎重に動く必要がありそうだ」
林道の出口が見えてきた頃、山田のスマートフォンが震えた。表示されていたのは、見覚えのない番号だった。
「――もしもし」
「――先ほどは、失礼しました」
電話の向こうから聞こえてきたのは、間違いなく、草薙の声だった。
「――どうやって、この番号を」
「――そう警戒なさらず。少し、お話ししたいことがあるだけです」
草薙の声は、あくまで穏やかだった。だが、その落ち着き払った態度が、かえって、山田の背筋に、冷たいものを走らせた。




