ジャーナリストの見た境界線 「新たな名前」
下呂から戻った四人は、それぞれの伝手を頼りに、独自の調査を開始した。
万城目は、防衛省内部の知人に、非公式に接触を試みていた。
「――草薙、という名前に、聞き覚えは?」
万城目の問いに、電話の向こうの知人――防衛省の中堅職員は、しばらく沈黙した後、声を潜めて答えた。
「――草薙賀、一等陸佐だ。だが、それ以上は、俺の口からは言えない」
「――何か、まずい人物なのか」
「――まずい、というより……触れない方がいい人物だ、とだけ言っておく」
電話は、それだけで切れた。万城目は、受話器を置きながら、眉をひそめた。
(――ずいぶんな反応だ)
同じ頃、蒲原は、宗教関係の伝手を辿って、月山修一に接触を試みていた。
「――草薙、という名前、心当たりは?」
「――いえ、初めて聞く名前です」
電話越しの月山の声は、困惑気味だった。
「――ただ、少し前に、湯殿山の本坊にも、防衛省を名乗る人間から、問い合わせがありました。古文書の内容について、詳しく知りたい、と」
「――対応されたんですか」
「――丁重にお断りしました。根古さんから、あまり詳しいことは話さない方がいい、と言われていましたので」
「――その問い合わせをしてきた人間の名前は?」
「――名乗りませんでした。ただ、話し方が、妙に丁寧で……ある意味、荒牧さんより、扱いにくい印象を受けました」
蒲原は、その言葉に、何か引っかかるものを感じた。
(――丁寧で、扱いにくい。荒牧とは違うタイプ、ということか)
大場は、SNS上の情報を、さらに深く掘り下げていた。
「――見てください、これ」
喫茶店に集まった四人に、大場が、一枚の写真を見せた。伊那谷の林道の入り口を写した、一般の登山者が投稿したものらしい写真だった。写真の隅に、迷彩服ではない、地味な色のワゴン車と、その傍らに立つ、姿勢の良い壮年の男の姿が写り込んでいた。
「――この男」
山田が、写真を拡大しながら言った。
「――去年、根古さんたちが見た、荒牧の周辺にいた人間と、雰囲気が似ている」
「――同一人物ではなさそうですが」
「――違う。だが、"タイプ"が似ている」
山田は、しばらく写真を見つめていたが、やがて、万城目に視線を向けた。
「――草薙という名前、この男と一致するか、確認できるか」
「――今、当たっている。ただ……」
万城目は、少し言いにくそうに続けた。
「――防衛省内部の人間が、今回に限って、やけに口が堅い。荒牧の一件の時とは、明らかに反応が違う」
「――どういうことだ」
「――荒牧は、独断専行として処分されました。だが、今回の草薙という人物は――もしかしたら、組織的に"守られている"のかもしれません」
その言葉に、四人の間に、重い沈黙が流れた。
「――根古さんに、報告した方がいいですね」
大場の提案に、山田は頷いた。
「――ああ。それと、直樹さんにも」
その夜、山田は、根古に電話をかけた。
「――草薙賀、という名前に、心当たりは?」
電話の向こうで、根古は、しばらく黙っていた。
「――いや。だが、荒牧とは別部署、米国帰りの腕利き……というだけで、何となく察しがつく」
「――どういうことですか」
「――荒牧は、信念で動くタイプだった。だから、独断専行と分かれば、簡単に切り捨てられた。だが、米国仕込みで、組織的に動くタイプの人間なら――」
根古は、静かに続けた。
「――もっと巧妙に、組織の"承認"を取り付けながら、計画を進めるかもしれない。表向きは、正式なプロジェクトとして」
「――つまり、今度は、簡単には止められない、ということですか」
「――かもしれない」
根古の声には、僅かな緊張が滲んでいた。
「――お前さんたち、慎重にやってくれ。草薙という男が、荒牧のような"隙"を見せるとは、限らない」
電話を切った後、山田は、しばらく考え込んでいた。窓の外には、既に夜の闇が広がっている。
(――今度は、もっと厄介な相手かもしれない)
山田は、手帳に「草薙賀」の名前を書き留め、その下に、静かに線を引いた。




