ジャーナリストの見た境界線 「下呂の湯にて」
下呂温泉に着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
山田、万城目、蒲原、大場の四人は、直樹から教えられた宿の前で、根古親司の姿を探した。宿の主人に尋ねると、根古は、少し離れた共同浴場によく顔を出しているという。
「――あそこにいる人じゃないですか」
大場が指差した先、川沿いのベンチに、缶コーヒーを片手にした初老の男が座っていた。湯上がりらしく、顔がほんのり赤い。
「――根古さん、ですか」
山田が声をかけると、根古は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「――ジャーナリストが四人も揃って、こんな田舎の温泉に何の用だ」
「――直樹さんに、お話を伺いまして」
「あいつが、俺のことを教えたのか」
根古は、小さく苦笑した。
「――まあ、座れ。話くらいは、聞いてやる」
四人は、根古の隣のベンチに腰を下ろした。万城目が、早速、本題を切り出した。
「――防衛省の予算資料に、去年の荒牧という参謀の計画と、似たような枠組みのものが、また出てきています」
根古の表情が、僅かに変わった。
「――名目は?」
「地質資源研究、という名目です。担当者は違います」
「――違う人間が、同じことを始めた、ということか」
根古は、缶コーヒーを一口飲んで、しばらく黙っていた。
「――伊那谷や、木曽谷の方で、また妙な噂が出ているという話も、聞いています」
大場が、タブレットを取り出しながら言った。根古は、その画面を一瞥し、静かに頷いた。
「――知っている。少し前から、俺のところにも、似たような話が入ってきていた」
「――対応、されているんですか」
「――対応、というほどのことは、まだ何もしていない」
根古は、正直に答えた。
「去年の一件で、俺も、孝之も、それなりに消耗した。すぐに動く気力が、正直、湧いてこなかった」
蒲原が、静かに口を挟んだ。
「――根古さん。それでも、あなたたちが黙っていれば、また同じことが繰り返されるかもしれません」
根古は、蒲原の言葉に、しばらく考え込んでいた。
「――お前さんたちは、どこまで知っている?」
「荒牧という参謀の計画、鬼岩の白骨の真相、四箇所の封印地のこと――直樹さんの小説を通じて、大まかなことは」
山田が、はっきりと答えた。
「――ただ、小説として脚色された部分と、事実の部分の区別が、正直つきません。だからこそ、根古さんに、直接お聞きしたいんです」
根古は、しばらく、川面を見つめていた。やがて、静かに口を開いた。
「――一つ、聞かせてくれ。お前さんたちは、何のために、これを追っている」
「――国家が、国民に知らされないまま、何をしようとしているのか。それを、明らかにするためです」
山田の言葉に、根古は、しばらく沈黙した後、小さく頷いた。
「――いいだろう。だが、条件がある」
「何でしょう」
「――お前さんたちが知ったことを、そのまま記事にはしないでくれ。この土地には、まだ、代々"守ってきた"人たちがいる。彼らの安全と、この土地の在り方を、脅かすような形での公表は、避けてほしい」
山田は、しばらく考えた後、頷いた。
「――分かりました。約束します」
「――なら、話そう」
根古は、缶コーヒーの残りを飲み干し、空き缶を傍らに置いた。
「――まず、月山さんから届いた手紙の話からだ」
根古が語り始めたのは、月山修一から届いた手紙の内容――四箇所以外にも、"同じ根"を持つ場所があるかもしれない、という一文だった。
「――具体的な場所は?」
「まだ、分かっていない。月山さんも、湯殿山の蔵から見つかった古文書を、まだ精査している最中だ」
「――今回の防衛省の動きは、その情報と関係があると?」
「――偶然にしては、出来すぎている、とは思う」
根古は、静かに言った。
「荒牧は、独断専行として処分された。だが、彼が持っていた情報――昭和十六年の陸軍の記録も含めて――が、完全に葬られたとは、俺には思えない」
「――誰かが、その情報を、引き継いだ、ということですか」
万城目の問いに、根古は、少し考えるように言った。
「――可能性としては、ある。荒牧の周辺にいた人間――例えば、あの探査を手伝っていたハッカーとか、あるいは、上層部の中で、荒牧に便宜を図っていた人間たちが」
「――名前は、分かりますか」
「――一部は。だが、確証はない」
根古は、そう言うと、四人を見渡した。
「――お前さんたちが、独自に調べてくれるなら、それは、俺たちにとっても、悪い話じゃない。ただし」
「――ただし?」
「――無茶はするな。荒牧のような人間が、また現れているとすれば、相手は、お前さんたちが思っている以上に、危険だ」
四人は、それぞれ、根古の言葉を、重く受け止めていた。
川のせせらぎが、静かに響く中、根古は、遠くの山並みに目をやった。
「――さて。次は、どこから調べるつもりだ」




