鴉ヶ谷鉱山の記憶 鴉ヶ谷のその後
事件から一ヶ月が経った。多治見の街は、いつもの秋の色を取り戻しつつあった。
島田司は、傷害致死の容疑で送検された。
取り調べの中で、彼は久我原に対する殺意を一貫して否定し、揉み合いの末の不幸な事故であったことを繰り返し証言した。
長年守ってきた「戒め」の重みと、その果てに人一人の命を奪ってしまった苦悩――その両方を抱えたまま、彼は静かに罪と向き合う道を選んだ。
「彼なりの筋の通し方、というやつだろうな」
根古は、そう評した。誰もが完全には納得しきれない、しかしどこか理解できてしまう結末だった。
「三つの証」――器、塊、銘板の扱いについては、その後も水面下で協議が続いた。
最終的に、防衛省と文部科学省、そして学術界の三者による共同管理という、異例の形で決着した。
器と塊は厳重な保管のもと詳細な調査が進められ、銘板の文字については、土志田沙彩と坂東直樹が中心となり、国内外の専門家を交えた解読作業が今も続いている。
スティーブ・ヘイブンスは、その後も定期的に日本を訪れているという。
「今度は、護衛なしで来いよ」
根古がそう軽口を叩くと、スティーブは苦笑いを浮かべた。
「善処する。……だが、今回みたいな案件では、また同じことになるかもしれないな」
荒牧大輔、上田唯、大島拓は、任務完了後、それぞれの部隊に戻っていった。斎藤士郎も、警視庁の通常業務へと帰っていったが、雨月警部補との間には、事件を通じて生まれた奇妙な信頼関係が残されたようだった。
久我原徹の遺族――疎遠になっていた甥にあたる人物が、遺品の中から見つかった祖父の覚書の写しを、地元の資料館に寄贈することを決めた。
「叔父は、きっと本当に、この土地の歴史を明らかにしたかったんだと思います」
甥のその言葉を、根古と山田は、資料館の小さな展示コーナーで聞いた。展示の隅には、久我原の名と、彼の祖父の名が、静かに並べて記されていた。
山田貴明と万城目伸は、この一連の出来事を、時期を見て記事にまとめることで合意した。国家機密に関わる部分は伏せながらも、久我原親子二代にわたる執念と、島田の抱えた葛藤を、丁寧に描いた記事は、後に大きな反響を呼ぶことになる。
鳴海美佑は、事件の顛末を自身のチャンネルで慎重に発信した。
「あの時、久我原さんと約束していた動画……結局、作れなかったけど。……代わりに、彼が守りたかったものを、ちゃんと伝えられたら、と思います」
その動画は、彼女のチャンネルの中でも、特に丁寧に作り込まれた一本となった。
温泉旅館「奥美濃屋」では、横溝周平、金田一崇、ショー・ラッシング、堤直樹、田中軍蔵の面々が、事件から数ヶ月後、再び顔を揃えていた。
「まさか、本物の事件に行き当たるとはね」
横溝が杯を傾けながら笑った。
「怪異文学サミット、来年もまたやろうじゃないか」
「今度は、平和な取材で済むといいですがね」
堤がそう言うと、皆が声を上げて笑った。
江戸川勉と安藤修、工藤俊一と秋月小五郎は、それぞれの帰路につく前に、鴉ヶ谷鉱山の入り口に立ち寄った。
今はもう厳重に閉ざされたその坑口を前に、江戸川はしばらく無言で立っていた。
「江戸川さん、何を考えてる」
安藤の問いに、江戸川は静かに答えた。
「歴史というのは、時に人を縛り、時に人を動かす。……今回の事件は、その両方を、教えてくれた気がします」
「難しいことを言うな」
安藤は苦笑したが、その表情には、若い探偵への確かな信頼が浮かんでいた。
工藤俊一は、坑口を一瞥すると、隣の秋月に向かって言った。
「秋月さん、休養のはずが、結局一番疲れる案件になっちまいましたね」
「違いない。……だが、悪くない休暇だった、とも思うよ」
秋月がそう言って笑うと、工藤も釣られて笑った。
鴉ヶ谷の山は、今日も静かにそこに在り続けている。
八十年以上前、そこで何が起きたのか。そして、これから何が明らかになっていくのか。
すべての答えが出たわけではない。
だが、長く閉ざされてきた記憶は、少なくとも一つ、光の下に引き出された。
それだけで、十分だったのかもしれない。
山を包む秋の風が、坑口の奥へと、静かに吹き抜けていった。
――完――




