鴉ヶ谷鉱山の記憶 対峙
犯人は占い師の島田司 ― 江刺家と同じく、鴉ヶ谷の言い伝えを密かに受け継ぐ家系の当主だった
久我原とは半年前から協力関係にあり、共に「三つの証」を探し当てていたが、発表を巡って対立 ― 揉み合いの末、久我原が岩に頭を打ち死亡(殺意なき事故死)
遺留品の木製道具は鎮魂のための封印行為であり、殺意を示すものではなかったという動機の真相
島田の「不安」は予知ではなく、罪の意識からくる反応だったと江戸川が見抜く
江戸川の静かな説得で、島田は自首を決意
「奥美濃屋」の一室に、江戸川勉が静かに足を運んだのは、その日の夜だった。
「島田さん。少し、お時間よろしいですか」
占い師の島田司は、驚いた様子もなく、江戸川を部屋に招き入れた。
「……来ると思っていたよ、探偵さん」
「そうですか」
江戸川は座布団に腰を下ろすと、まっすぐに島田を見つめた。
「島田さん。最初にお会いした時から、少し気になっていました。あなたが感じていた『不安』――あれは、本当に予知だったんでしょうか」
島田は静かに笑った。だがその笑みには、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「……鋭いね。いつから気づいていた?」
「確信は、今日です。足跡の分析結果を聞いた時、多くの人が女性や小柄な人物を疑いました。ですが、それだけではなく――事件発生以来、あなたの『不安』が、あまりに具体的すぎることに、違和感を覚えていました」
「具体的、とは」
「場所そのものへの不安、というより……すでに何が起きたかを知っている人間の反応に、私には見えました」
島田は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……私の家系は、江刺家さんのところと同じように、この土地の古い言い伝えを受け継いできた家だった。表向きは占い師として活動していたが、本当の役目は、鴉ヶ谷の言い伝えを絶やさず、しかし決して他言しないことだった」
「久我原さんとの関係は」
「半年ほど前、彼の方から接触してきた。郷土史研究の名目で、私の家に伝わる話を聞きたい、と。……最初は断るつもりだったが、彼の熱意に、少しずつ絆されてしまってね」
島田の声が、わずかに震えた。
「二人で、少しずつ手がかりを集めていった。だが久我原くんは、次第に――『三つの証』を、世に出すべきだと考えるようになっていった。学術的な発見として、正しく発表すべきだ、と」
「あなたは、反対だった」
「当然だ。……我が家に伝わる戒めは、はっきりしていた。『あれは、決して掘り返してはならない』。理由は、はっきりとは伝えられていない。だが、代々の当主が、皆同じ言葉を口にしてきた」
「それでも、久我原さんは聞かなかった」
「あの日……久我原くんは、私を連れて、実際に現地の亀裂から中に入った。彼は、あの場で三つの証を見つけ、興奮した様子で、持ち出す算段を話し始めた。私は必死に止めた。だが……」
島田の目に、深い後悔の色が浮かんだ。
「揉み合いになった。突き飛ばすつもりなど、なかった。だが彼は、坑道の岩に頭を打ち……その場で、動かなくなった」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「その後、私は……せめてもの償いのつもりで、家に伝わるやり方で、あの場を封じ直そうとした。木製の道具を、遺体のそばに置いたのは、そのためだ。……あれは、殺意を示すためのものではなく、鎮魂のつもりだった」
江戸川は静かに、しかしはっきりと言った。
「島田さん。あなたの気持ちは、理解できます。ですが、久我原さんが亡くなったことは事実です。そして、それを隠したことも」
「わかっている……」
島田は深く俯いた。
「私は、彼を殺したかったわけじゃない。ただ、この土地の戒めを、守りたかっただけなんだ」
「その戒めが、本当に正しかったのかどうか。それは、これから、然るべき人々が判断することになるでしょう」
江戸川はそう言うと、静かに立ち上がった。
「一緒に、雨月警部補のところへ行きましょう。あなた自身の口から、すべてを話してください」
島田は長い沈黙の後、小さく頷いた。
「……ああ。もう、十分だ」
窓の外、鴉ヶ谷の山は、月明かりの下で、静かにその姿を横たえていた。八十年以上抱えてきた秘密が、ようやく、その重い扉を閉じようとしていた。




