鴉ヶ谷鉱山の記憶 容疑者たちの輪
鳴海美佑:久我原と面識あり、事件直前に「大きな発見」の動画化を誘われていたが、アリバイは単独行動で証明不可 ― 最有力容疑者に
土志田沙彩:学会準備・新幹線記録で明確なアリバイ、久我原とは面識なしと判明
上田唯:軍の記録により、事件当日は別部隊で訓練中と裏付け ― 疑い解消
江戸川の考察:「鳴海が真犯人なら、事件後も積極的に取材を続けるのは不自然」「まだ姿を現していない人物がいるのでは」という新たな謎を提示
「足跡のサイズと体格から、対象を絞り込む必要があります」
雨月警部補の提案で、多治見署の一角に、非公式ながら聞き取りの場が設けられた。江戸川勉と安藤修も、根古の口添えで同席を許されている。
まず呼ばれたのは、地元YouTuberの鳴海美佑だった。
「鳴海さん。事件発生前後の行動を、改めて確認させてください」
雨月の問いに、鳴海はやや緊張した面持ちで答えた。
「あの……実は、言ってなかったことがあります。久我原さん、私、面識があったんです」
その一言に、部屋の空気が引き締まった。
「面識、というのは」
「半年くらい前、鴉ヶ谷鉱山の動画を作ろうとして、郷土史に詳しい人を探してたんです。それで、図書館で紹介されたのが久我原さんで……何度か、話を聞かせてもらってました」
「事件当日、あるいはその前後に、彼と会う約束はありましたか」
鳴海は一瞬言い淀んだが、やがて頷いた。
「……ありました。『近々、大きな発見がありそうだから、動画にしないか』って誘われてて。でも、当日は結局、家で編集作業をしてて……久我原さんとは、会ってません」
「その編集作業、証明できる人は?」
「一人でやってたので……ないです」
江戸川はその答えを、静かにメモに書き留めた。
次に呼ばれたのは、歴史学者の土志田沙彩だった。
「土志田さん、事件当日の行動を伺えますか」
「事件発生の前日まで、名古屋の大学で学会準備をしていました。当日の朝、坂東先生からの連絡で、こちらに向かいました。……大学の出席記録、それに移動の新幹線のチケットも残っています」
はっきりとした証言と、裏付けとなる記録。土志田のアリバイは、比較的明確だった。
「なるほど。……失礼しました」
雨月がそう言うと、土志田は少し複雑な表情を浮かべた。
「久我原さんとは、実は面識がありませんでした。名前を聞いたのも、今回の事件が最初です」
最後に、陸上自衛隊の上田唯にも、形式的な確認が行われた。
「上田一尉、事件発生時の所在を確認させていただけますか」
「もちろんです。事件発生当日は、別部隊での訓練に参加していました。派遣命令が下りたのは、その二日後です。……記録は、部隊側で管理されています」
軍の記録という、揺るぎない裏付け。上田への疑いは、比較的早々に晴れることになった。
聞き取りを終えた江戸川は、安藤と共に廊下に出た。
「安藤さん、どう見ます?」
「一番怪しいのは、やはり鳴海さんだな。単独行動で、アリバイの裏付けもない。しかも久我原と面識があり、事件直前に接触の約束まであった」
「ええ。ですが……」
江戸川は少し考え込んだ。
「鳴海さんが本当に犯人なら、事件後もあれほど積極的に取材を続けるでしょうか。むしろ、注目を集めることを避けるはずです」
「なら、誰だと思う」
「まだ、断定はできません。……ただ、一つ気になっているのは」
江戸川は窓の外、鴉ヶ谷の方角に目をやった。
「足跡のサイズだけで、女性、あるいは小柄な人物、と決めつけるのは早計かもしれません。……この事件には、まだ我々が把握していない人物が、少なくとも一人はいるように思います」
「把握していない人物、とは」
「久我原さんが、覚書の内容を、誰か他の人物にも話していた可能性です。……その人物が、まだ我々の前に姿を現していないだけかもしれません」
廊下の窓から差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。
事件は、容疑者を絞り込むどころか、新たな謎を呼び込みつつあった。
これで女性陣への疑いは一旦後退し、「久我原の覚書の内容を知っていた、まだ表に出ていない人物」という新しい方向性が生まれました。次は第十六章「対峙」で、いよいよ真犯人との対決に向かいます。




