鴉ヶ谷鉱山の記憶 対立する思惑
**荒牧(自衛隊)vs雨月(警察)**の管理権を巡る対立に、**スティーブ(NSA)**が仲裁案を提示 ― 鑑識完了まで現状維持で決着
江戸川の観察:「本当に対立しているのは、久我原を殺した犯人にとって都合が悪い、という一点」という鋭い指摘
足跡の分析結果:24cm前後、小柄な体格または女性の可能性 ― 土志田沙彩・鳴海美佑・上田唯など、これまで容疑者扱いされていなかった女性陣に疑いの目が向き始める
坑口から地上に戻った一団を待っていたのは、新たな緊張だった。
多治見署の会議室に急遽集められた関係者の間で、たちまち意見の対立が表面化した。
「三つの証は、直ちに防衛省の管理下に移すべきだ」
荒牧大輔が、有無を言わせぬ口調で切り出した。
「危険性が完全に否定されたわけではない。民間人の手元に置いておくわけにはいかない」
「お待ちください」
雨月警部補が反論した。
「あの空間は、殺人事件の重要な証拠現場です。足跡の分析すら終わっていない段階で、遺留品を移動させるのは……」
「殺人事件の捜査より、国の安全保障が優先される場合もある」
荒牧の言葉に、会議室の空気が一気に冷え込んだ。
「荒牧さん」
そこで口を挟んだのは、根古だった。
「久我原くんは、殺された。犯人は、まだこの近辺にいる可能性が高い。証拠を持ち去れば、犯人を取り逃がすことになりかねない」
「それは承知している。……だからこそ、警察の捜査には最大限協力する。だが、遺留品そのものの管理は、譲れない」
膠着した空気の中、静かに口を開いたのがスティーブ・ヘイブンスだった。
「荒牧参謀。一つ、提案がある」
「アメリカ側の意見は、求めていない」
「わかっている。だが、聞く価値はあるはずだ」
スティーブは冷静な口調を崩さなかった。
「遺留品の一時的な共同管理――日本側主導のもとで、鑑識作業が完全に終わるまでは現状維持。その後、防衛省の管理下に移す。それでどうだ」
「アメリカが、それを黙って見ているとでも?」
「見ていない、と言えば嘘になる。だが、ここで強引に事を進めれば、殺人事件の捜査そのものが妨害された、という形で表沙汰になる可能性がある。……それは、お互いにとって望ましくないはずだ」
荒牧はしばらくスティーブを睨みつけていたが、やがて小さく息をついた。
「……鑑識作業の完了まで、現状維持とする。それ以上の譲歩はない」
「結構だ」
その様子を、江戸川は静かに観察していた。
「安藤さん」
「なんだ」
「今のやり取り、面白かったですね。荒牧さんもスティーブさんも、それぞれの立場を守りながら、結局は互いの顔を立てている。……本当に対立しているのは、もっと別のところにあるのかもしれません」
「別のところ、とは」
「久我原さんを殺した犯人です。……その人物にとって、今の状況は、決して都合の良いものではないはずです」
会議室を出たところで、雨月が鑑識課員から新たな報告を受けていた。
「足跡の詳細な分析結果が出ました」
「聞かせてくれ」
「サイズは24センチ前後。体重の掛かり方から見て、小柄な体格、あるいは……女性の可能性もあります」
雨月の表情が、わずかに強張った。
「小柄な体格、あるいは女性、か……」
その情報は、瞬く間に関係者の間に広まった。土志田沙彩、鳴海美佑、上田唯――現場周辺にいた女性たちの顔が、次々と脳裏をよぎる。だが、誰もがそれを口には出さなかった。
「まだ、断定するには早すぎる」
根古がそう釘を刺したが、彼自身の表情にも、隠しきれない緊張が浮かんでいた。
犯人は、この近くにいる。しかも、これまで容疑者として意識されてこなかった人物である可能性が、急速に高まっていた。
いよいよ容疑者が絞られてきました。次は第十五章「容疑者たちの輪」で、これまで登場した女性キャラクターたちのアリバイや動機を洗い出し、推理合戦に入っていく展開にできます。




