鴉ヶ谷鉱山の記憶 昭和十七年の記録(後編)
翌日、土志田沙彩は国立公文書館の担当者から、追加の資料提供を受けた。
長年未整理のまま保管されていた鴉班関連の断片資料――その中に、班長と思われる人物の手による、最後の報告書の下書きが含まれていた。
「読み上げますね」
土志田の声は、心なしか緊張していた。
「昭和十七年十月。器の移送作業中、作業員五名に原因不明の体調不良発生。高熱、意識混濁、皮膚の変色。医師団、対処法を見出せず」
部屋にいた全員が息を呑んだ。
「二名、十日以内に死亡。残る三名、症状は治まるも、以後の記憶に混濁が見られる」
「記憶の混濁……」
坂東がつぶやいた。
「これは、単なる伝染病や事故というより……」
「器そのものが持つ、何らかの影響、と考えられていたようです」
土志田が続きを読んだ。
「班として、これ以上の接触は危険と判断す。生存作業員三名は、機密保持の誓約のもと、各地の部隊へ配置転換。器、塊、銘板は、通路奥の空間に安置し、坑道全体を封鎖す」
「配置転換、というのは……口封じ、ということですね」
江戸川が静かに言った。
「戦地に送られた、ということでしょう。……戦争が終わるまで生き延びられたかどうかは、また別の話ですが」
根古が沈痛な面持ちで言葉を継いだ。
「久我原くんの祖父は、その三名のうちの一人だったんだろう。生き延びて、家に帰った」
「そして、誰にも語れないまま、覚書だけを残した」
土志田が最後の一文を読み上げた。
「本記録、以後の閲覧を厳に禁ず。この地は、二度と掘り返されるべきではない」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「――しかし」
沈黙を破ったのは、荒牧大輔だった。
捜査本部との情報共有の場に、いつの間にか顔を出していた参謀は、資料を一瞥すると、静かに言った。
「八十年以上前の『原因不明の体調不良』が、今も現存する脅威なのかどうか。それを確認せずに済ますわけにはいかない」
「荒牧さん、それはつまり……」
雨月が尋ねると、荒牧は頷いた。
「未確認空間への立ち入り調査を、明日にも実施する。無論、安全対策は万全にした上で、だ」
その言葉に、江戸川がすかさず反応した。
「荒牧さん。一つ、お願いがあります」
「なんだ」
「立ち入り調査に、私たちも同行させていただけないでしょうか。……久我原さんが、何を見て、何のために命を落としたのか。それを知る権利が、我々にはあると思います」
荒牧はしばし江戸川を見つめた後、小さく息をついた。
「……安全管理には、絶対に従ってもらう。それが条件だ」
「もちろんです」
こうして、探偵、記者、学者、そして自衛隊――立場も目的も異なる者たちが、翌日、共に鴉ヶ谷鉱山の奥深くへと足を踏み入れることが決まった。
八十年以上、封じられ続けてきた空間の扉が、ついに開かれようとしていた。




