鴉ヶ谷鉱山の記憶 覚書の続き
「久我原家 覚書」の解読が本格的に始まったのは、雨月警部補が根古に協力を要請したことがきっかけだった。
古い時代の筆致と方言混じりの表現は、専門知識なしには読み解くのが難しく、坂東直樹と土志田沙彩が、警察の許可のもとで内容確認に加わることになった。
多治見署の一室に、根古、江戸川、坂東、土志田、そして雨月が集まった。
テーブルの中央には、ノートのコピーが広げられている。
「まず、書き出しから読んでいきましょう」
土志田が静かに読み上げ始めた。
「昭和十七年、夏。鴉ヶ谷にて、鉱脈調査中、旧来の坑道とは異なる石組みの通路を発見す。陸軍派遣の調査団、直ちに現地に到着」
「ここまでは、我々が把握している内容と一致しますね」
坂東が頷いた。
「問題は、この後です」
土志田が続けた。
「通路奥にて、三つの証を確認す。一、渦を巻く紋様を持つ器。二、通常の岩石とは異なる質感を持つ塊。三、記録されざる文字による銘板」
部屋の空気が張り詰めた。
「器、塊、銘板……。これが『三つの証』ですか」
江戸川がつぶやいた。
「久我原さんの祖父は、この三つを実際に目にした、ということですね」
「そのようです。……ただ、記録はここで一度、大きく飛びます」
土志田は次のページを指した。文字の乱れが目立ち、一部は破り取られたような跡があった。
「陸軍、現地一帯を封鎖。調査団員、以後の記録を残すことを禁ぜられる。……同僚数名、以後消息を絶つ」
「消息を絶つ」
根古が低くつぶやいた。三十年前、彼自身が取材で行き当たった「消えた技師たち」という言葉と、目の前の記述が重なった。
「これは、当時から根古さんが追っていた話と、完全に一致しますね」
江戸川が言った。根古は無言で頷いた。
覚書の最後のページには、久我原の祖父自身によるものと思われる、震える筆致の一文が記されていた。
「あの器は、封じられるべきものではなく、理解されるべきものだった。だが、時代がそれを許さなかった。もし後の世で、再びこの地が掘り返されることがあれば――どうか、同じ過ちを繰り返さないでほしい」
その一文を読み終えた瞬間、部屋の中は、しばらく誰も口を開かなかった。
「……過ち、というのは」
雨月がようやく口を開いた。
「調査団員が消息を絶ったこと、そのものを指しているのか。それとも、もっと別の何かか」
坂東が慎重に言葉を選びながら答えた。
「私の推測に過ぎませんが……『理解されるべきものだった』という表現。これは、封印や隠蔽ではなく、本来は学術的・あるいは別の形で扱われるべきものだった、という含みに聞こえます」
「つまり、軍が誤った扱いをした、と」
「あるいは、誤った扱いをせざるを得ない事情があった、とも読めます。……戦時中ですから」
根古は覚書のコピーを手に取り、ゆっくりと目を通し直した。
「久我原くんは、この覚書を頼りに、実際に現地を調べようとしていたんだろう。……そして、何かに行き着いた」
「行き着いた結果が、あの遺体、ということですね」
江戸川の言葉に、部屋の誰もが沈黙で応えた。
三つの証。器、塊、銘板。
それらが今、坑道の奥――地質学者・小此木永周が発見した未確認の空間に、まだ眠っているのかもしれなかった。




