鴉ヶ谷鉱山の記憶 予知する者たち
「奥美濃屋」の露天風呂は、事件発生から五日目の朝も変わらず湯気を立てていた。
だが、湯に浸かる面々の表情は、初日とは明らかに違っていた。
「島田さん、昨日からずっと考えてたんですけどね」
湯船の中、フェルナンド・村田が切り出した。
関西弁混じりの飄々とした口調も、今日ばかりは少し硬い。
「あの胸のざわつき、まだ続いてますか」
「ああ。むしろ、強くなってる」
四十歳の占い師・島田司は、湯に映る自分の顔を見つめながら答えた。
「不思議なんだが……『人』に対する予感じゃないんだ。もっと、場所そのものに対する……いや、うまく言えないが」
「場所そのもの、ちゅうと?」
「山全体が、何かを飲み込んだまま、まだ消化しきれていない――そんな感覚だ」
その言葉に、湯船の隅で静かに目を閉じていたイエンガー・ムハンマドが、ふと口を開いた。
「島田さん。俺は事故を予知することはあっても、こういう感覚的なことは専門じゃない。……だが、一つだけ言わせてもらえば」
「なんだ」
「今回のこの感じは、俺が過去に予知した『大きな事故』の前触れの感覚に、よく似てる」
その場に、静かな緊張が走った。
「大きな事故、というのは……あの、坑道の中で、ということか」
村田が尋ねると、イエンガーはゆっくりと頷いた。
「断定はできない。だが、備えておいて損はない、と思う」
一方、鳴海美佑は自身のブログとSNSで、この一連の騒動を追いかけ続けていた。
二十四歳、地元密着の情報発信を武器にする彼女にとって、自衛隊や警視庁特殊部隊の出動は、またとない「ネタ」だった。
「今日も鴉ヶ谷方面、道路規制が続いています。地元の皆さん、迂回をお願いします……って、これ、普通の事故処理レベルじゃないですよね」
スマートフォンのカメラに向かって話しながら、鳴海は林道の入り口付近まで足を運んでいた。
「あ、待って。……あれ、自衛隊の車両ですよね?」
カメラを向けた瞬間、鋭い声が飛んだ。
「そこの方、撮影は控えてください」
現れたのは、大島拓だった。
三十一歳、陸士長という階級ながら、現場での対応には慣れている様子だった。
「え、でも、道路から見えるものを撮っちゃいけない理由って……」
「事案の性質上、報道規制がかかっています。詳しくは広報を通してください」
鳴海はムッとした表情を見せたが、すぐに気を取り直し、別の角度から質問を試みた。
「じゃあ、質問だけでも。……これ、戦争中の何かが関係してるんですか?」
大島は表情を変えなかったが、その一瞬の沈黙が、鳴海には十分すぎる答えだった。
「……なるほど、やっぱり」
小さくつぶやくと、鳴海はスマートフォンをしまい、その場を後にした。
だが、頭の中ではすでに次の取材計画が回り始めていた。
その夜、旅館に戻った鳴海は、ロビーで偶然、江戸川勉と鉢合わせした。
「あ……たしか、探偵さん、ですよね」
「江戸川です。鳴海さん、でしたか。今日の取材、うまくいきましたか」
「うまくいったような、いってないような……。でも、一つだけ確信しました。この事件、絶対に単純な話じゃないです」
江戸川は小さく笑った。
「同感です。それに――」
彼はふと、窓の外の山を見やった。
「島田さんたちの様子も、少し気になっています。
予知、というものをどこまで信じるかは別として……皆が同じ方向に不安を感じている、というのは、無視できない事実です」
夜の帳が降りる中、鴉ヶ谷の山は、変わらず静かにそこに在り続けていた。
だがその静けさは、まるで嵐の前の凪のように、どこか不穏な色を帯びていた。




