鴉ヶ谷鉱山の記憶 影の増員
多治見署の捜査本部に、見慣れない一団が現れたのは、事件発生から四日目の早朝だった。
先頭に立つのは、五十七歳という年齢に似合わぬ鋭い眼光を持つ男、荒牧大輔――陸上自衛隊特殊作戦群の参謀である。その後ろには、一尉の階級章をつけた上田唯と、陸士長の大島拓が控えていた。
「安田警視正でいらっしゃいますね」
荒牧が短く一礼すると、安田達郎は驚きを隠せなかった。
「これは……防衛省から、事前の連絡は受けていましたが、まさかこれほど早く」
「事案の性質上、悠長にはしていられません」
荒牧の声には、有無を言わせぬ響きがあった。
「昭和十七年、旧陸軍が関与していたとされる案件です。当時の記録が正式に残っていない以上、現存する痕跡そのものが、国の安全保障に関わる可能性がある。……そう判断されました」
安田の隣で、雨月警部補が困惑を隠せない様子だった。
「あの……失礼ですが、我々の殺人事件の捜査と、どう擦り合わせを?」
そこで初めて、もう一人の人物が口を開いた。
「その点については、私が窓口になります」
警視庁特殊部隊の斎藤士郎、三十九歳。物静かだが、油断のない目つきの男だった。
「警察の捜査権限は、当然尊重されます。ただし、坑道内部の『未確認空間』に関しては、我々の管轄で先行して安全確認を行わせていただきたい」
「先行して、というのは……」
「何が眠っているか分からない場所に、丸腰の捜査員を先に入れるわけにはいかない、ということです」
上田唯が、静かに、しかしきっぱりとした口調で付け加えた。二十八歳という若さで一尉の階級にある彼女は、荒牧参謀からの信頼も厚いと見えた。
雨月は反論しかけたが、安田がそれを手で制した。
「……わかりました。ただし、捜査に必要な情報は共有していただきたい」
「無論です」
荒牧が頷いた。
その頃、旅館「奥美濃屋」にも、新たな来訪者があった。
「すみません、こちら、山田貴明さんはいらっしゃいますか」
現れたのは、四十歳の雑誌記者・万城目伸だった。
全国誌の特集記事を手がける敏腕記者として知られる彼は、山田とは以前、別の取材現場で面識があった。
「万城目さん!? どうしてここに」
「どうしてもなにも……お前が追ってるネタ、うちの編集部でも嗅ぎつけてるんだよ。昭和十七年の旧陸軍案件、しかも自衛隊の特殊部隊まで動いてるって話、聞かないわけないだろう」
山田は言葉に詰まった。地元紙の一記者として動いていたつもりが、いつの間にか全国誌にまで話が届いていたことに、危機感と同時にどこか興奮も覚えていた。
「山田、これは……お前一人で抱えるには、大きすぎる話だ。俺も一枚噛ませてくれ」
根古がその様子を見て、静かに口を開いた。
「万城目くん、だったね。……歓迎するよ。人手は多い方がいい」
だが、その言葉とは裏腹に、根古の表情には、隠しきれない緊張が浮かんでいた。
自衛隊、警視庁特殊部隊、そしてアメリカの影。
鴉ヶ谷鉱山を巡る事件は、もはや一地方の殺人事件の域を、完全に超えようとしていた。




