鴉ヶ谷鉱山の記憶 米国からの影
その男が「奥美濃屋」に姿を現したのは、事件から三日目の夕刻だった。
長身の白人男性が、二人のがっしりとした体格の護衛を伴って旅館の玄関をくぐると、番頭も一瞬言葉を失うほどの威圧感があった。
「根古。久しぶりだな」
流暢な、しかしどこか硬さの残る日本語で、その男は言った。
根古は驚きを隠さず、思わず立ち上がった。
「スティーブ……。お前、なんでこんなところに」
「お前が絡んでいると聞いて、いてもたってもいられなくてね」
スティーブ・ヘイブンス、五十七歳。
根古とは大学時代からの付き合いで、当時から「変わり者だが優秀な留学生」として知られていた男だった。
今はアメリカ国家安全保障局――NSAの幹部という肩書きを持つ。
護衛のカルロスとホセは、部屋の入り口付近に控えたまま、微動だにしなかった。
「NSAの幹部が、日本の田舎町にわざわざ足を運ぶような案件か、これが」
根古が皮肉交じりに言うと、スティーブは軽く肩をすくめた。
「非公式だ。休暇中、ということにしておいてくれ」
「休暇に護衛が二人もつくとはな」
スティーブは笑わなかった。その代わり、声を潜めて言った。
「根古。鴉ヶ谷鉱山の件、昭和十七年の記録が絡んでいるというのは本当か」
根古の表情が硬くなった。
「……お前、なぜそれを知っている」
「言っておくが、俺個人の興味じゃない。……戦後まもなく、我々の前身組織が、日本国内のある『技術資産』の追跡調査を行っていた記録がある。対象の中に、東濃地方の山間部――正確な地名は伏せられていたが、状況が酷似する案件があった」
根古は思わず息を呑んだ。
「技術資産、というのは」
「詳しいことは、俺の立場でも話せない。だが一つだけ言える。もしそこに眠っているものが本物なら……これはもう、地方の殺人事件では済まなくなる」
その会話を、少し離れた場所で耳にしていたのが、江戸川勉だった。
旅館の廊下を通りかかった際、偶然にも根古とスティーブのやり取りの一部が聞こえてしまったのだ。
「安藤さん」
部屋に戻るなり、江戸川は小声で助手に告げた。
「事態が、思っていたより大きくなっているかもしれません」
「どういうことだ」
「根古さんの旧友――アメリカの情報機関の人間らしい人物が来ています。しかも、戦後まもなくから、この鉱山のことをアメリカ側が把握していた可能性がある、と」
安藤の顔が険しくなった。
「地方の殺人事件どころか、国際問題にまで発展しかねない、ということか」
「そこまでは、まだわかりません。ただ……」
江戸川は窓の外、闇に沈んだ山の稜線に目をやった。
「久我原さんが追っていた『三つの証』。それが本当に、国家レベルで扱われるほどのものだとしたら――今回の事件、単独犯の犯行とは思えなくなってきます」
旅館の一室では、根古とスティーブの会話がなおも続いていた。
だが、その内容の核心に触れる言葉は、もう外には漏れてこなかった。




