鴉ヶ谷鉱山の記憶 死者の足跡
久我原徹の自宅アパートは、多治見市郊外の古い集合住宅の一室だった。
雨月警部補と鑑識課員が家宅捜索に入ると、六畳一間の部屋には、床から天井近くまで積まれた郷土資料と、乱雑に貼られた付箋だらけの地図が広がっていた。
「これは……相当、のめり込んでいたようだな」
雨月がつぶやいた。壁に貼られた地図には、鴉ヶ谷鉱山周辺の等高線に、いくつもの赤い印がつけられている。その脇には、久我原自身の手による走り書きが残されていた。
「祖父の手記に記された『三つの証』を、すべて確認する」
「三つの証、か……」
鑑識課員が机の引き出しから、一冊の古びたノートを発見した。
表紙には「久我原家 覚書」とだけ記されている。
同じ頃、江戸川勉と安藤修は、市内で数珠職人を営む江刺家友蔵を訪ねていた。根古が「もし久我原が何かを探していたなら、江刺家さんなら心当たりがあるかもしれない」と紹介したのだった。
「久我原さん、ね……。ああ、覚えてますよ」
五十五歳の江刺家は、作業台に向かいながら、懐かしむような、しかしどこか警戒するような口調で答えた。
「先月、うちに来てね。妙な質問をしていったんです」
「妙な質問、というのは」
江戸川が尋ねると、江刺家は手を止め、こちらを向いた。
「『渦巻きと直線を組み合わせた文様の数珠玉を、見たことはないか』ってね。
……ある、とは言えなかった」
「言えなかった、というのは、見たことがない、という意味ですか」
江刺家は少し間を置いてから、静かに首を振った。
「いや……見たことは、ある。私の師匠――もう亡くなりましたが――が、若い頃に一度だけ、そういう意匠の玉を頼まれて作ったことがある、と言っていました。
誰の依頼だったかは、決して口にしませんでしたが」
安藤が身を乗り出した。
「その師匠は、いつ頃の話だと?」
「昭和の……戦時中だったと思います。師匠が『あれだけは、二度と作るな』と言っていたのを、今でも覚えています」
江戸川と安藤は顔を見合わせた。
一方、鴉ヶ谷鉱山の現場では、地質学者の小此木永周が坑道内部の安全確認を行っていた。
三十七歳の小此木は、雨月警部補の依頼で、崩落の危険がないかを調べるために呼ばれていた。
「警部補、ちょっと来てもらえますか」
小此木の声に、雨月が坑道の奥へと入っていく。
ヘッドライトの光が照らし出したのは、これまで気づかれていなかった、坑道の側面に走る不自然な亀裂だった。
「これは、自然の崩落によるものじゃない。……人為的に掘られた形跡があります」
「掘られた、とは。誰かが後から掘り足した、ということですか」
「その可能性が高いですね。それと――」
小此木はライトを亀裂の奥に向けた。そこには、わずかながら空洞が広がっているのが見えた。
「この先、まだ空間があります。地図にない、未確認の空間です」
雨月の背筋に、緊張が走った。
久我原徹が探していた「三つの証」。江刺家の師匠が「二度と作るな」と告げた意匠の玉。
そして、坑道の奥に隠された未確認の空間。
それぞれ別々に浮かび上がった手がかりが、静かに、しかし確実に、一つの真実へと近づきつつあった。




