鴉ヶ谷鉱山の記憶 二つの捜査線
翌朝、多治見署に設置された捜査本部には、いつもより多くの人間が出入りしていた。
県警から出向中の警視正・安田達郎が、渋い表情で若い雨月警部補の報告に耳を傾けている。
「遺体の身元は?」
「まだ確定には至っていません。ただ、所持品の中から――」
雨月が差し出した証拠品袋の中には、水濡れでかろうじて判読可能な状態の名刺が入っていた。
安田はそれを手に取り、眉をひそめた。
「『郷土史研究会』か。……在野の研究者、ということか」
「はい。地元の図書館に問い合わせたところ、数ヶ月前から鴉ヶ谷鉱山に関する資料の閲覧を繰り返していた人物と一致するようです」
小倉が横から口を挟んだ。
「つまり、被害者は……根古が調べていたのと、同じ筋を追っていた、ということか」
その場にいた根古は、静かに頷いた。
「因縁、というやつかもしれんな」
一方、旅館「奥美濃屋」では、江戸川勉と安藤修が朝食もそこそこに動き始めていた。
「安藤さん、どう思います?」
「探偵として首を突っ込む案件じゃない、と言いたいところだが……お前さんの顔を見る限り、もう決めてるんだろう」
江戸川は小さく笑った。
「昨日のあの反応を見て、放っておける性分じゃないので」
二人が向かったのは、多治見署ではなく、根古と山田が滞在している宿だった。
地元では顔が利くという根古を頼ることに、江戸川は迷いがなかった。
「江戸川くん、というと……確か、東京でも名の知れた若手探偵だったな」
根古が名刺を受け取りながら言った。
「買い被りです。ただ、今回は野次馬根性だけでは動いていません。
……昨夜、占い師の方々の反応が、少し気になったので」
「島田くんたちのことか」
「ええ。それと、これは私の勘に過ぎませんが――今回の遺体、単純な事故や転落死ではないように思います」
根古は江戸川の目をまっすぐに見た。若いながらも、余計な感情を差し挟まない、観察者としての目だった。
「……根拠は?」
「遺留品の配置です。木製の道具が、まるで『儀式の途中で放り出された』ような形で転がっていたと聞きました。事故で持ち物が散乱するのとは、明らかに違う」
根古はしばし沈黙した後、小さく頷いた。
「山田くん経由で聞いたか。……いいだろう、江戸川くん。こちらの調べていることを、少し共有しよう」
同じ頃、工藤俊一と秋月小五郎も、独自に動いていた。休養中とはいえ、探偵としての本能を抑えられない工藤は、地元紙の記者――山田の同業者にあたる山田貴明の知人――を通じて、被害者に関する追加情報を集めていた。
「工藤くん、休むんじゃなかったのか」
「秋月さん、これは休養の一環です。頭を使わない方が、逆に疲れるんですよ」
秋月は呆れたように笑ったが、その手にはすでに、被害者の身元に関するメモが握られていた。
「被害者、氏名は――久我原徹。五十八歳。郷土史研究家、というより、元は鉱山技師の家系らしいな」
工藤の目が鋭くなった。
「鉱山技師の、家系……」
「ああ。しかも、久我原の祖父にあたる人物が、昭和十七年当時、鴉ヶ谷鉱山に技師として派遣された記録が――ある郷土資料に、わずかに残っているそうだ」
工藤と秋月は顔を見合わせた。
同じ頃、捜査本部でも、江戸川たちの間でも、同じ名前が浮かび上がりつつあった。
昭和十七年。鴉ヶ谷鉱山。消えた技師たち。
すべての糸が、一つの時代へと収束し始めていた。




