鴉ヶ谷鉱山の記憶 湯煙の中の面々
鴉ヶ谷鉱山から車で三十分ほど下った先に、鵜沼川温泉郷という小さな温泉地がある。
数軒の老舗旅館が渓流沿いに軒を連ねるこの土地は、普段は静かなものだが、この週末に限っては様子が違っていた。
「――というわけでね、江戸川くん。今回の『怪異文学サミット』は、単なる作家の懇親会じゃない。
実践的な取材も兼ねてるんだよ」
旅館「奥美濃屋」の大広間で、そう声を張り上げたのは横溝周平だった。
六十五歳、いまだ現役の作家として名を馳せる大御所は、手にした杯を揺らしながら、居並ぶ面々を見渡した。
「実践的な取材、ですか」
答えたのは、私立探偵の江戸川勉だった。二十五歳という若さながら、その落ち着いた物腰は、隣に控える助手の安藤修――元刑事にして三十六歳――との対比もあってか、妙に様になっている。
「そうとも。この辺りは、昔から不可思議な話に事欠かない土地でね。金田一くん、そうだろう?」
名指しされた金田一崇――五十四歳、横溝と並ぶ大御所作家――は、静かに頷いた。
「東濃の山間部は、戦前から怪異譚の宝庫だ。私の作品にも、この辺りを舞台にしたものがいくつかある」
その隣で、若手のショー・ラッシングが興味深そうに耳を傾けていた。
三十歳、海外にも読者を持つ新進の作家だが、日本の土着的な怪異譚には人一倍の関心を寄せている。
「面白いですね。心霊系の話となると、堤さんの出番じゃないですか」
水を向けられたのは、心霊作家の堤直樹だった。
三十八歳、フィクションとノンフィクションの境界を意図的に曖昧にした作風で知られる。
「ええ、実は今回の宿泊も、単なる懇親会以上の意味があります。……田中さん、資料の件、お願いできますか」
心霊蒐集家の田中軍蔵――四十三歳、全国各地の因縁話や心霊スポットの記録を集めることをライフワークとする男――が、鞄から古びたファイルを取り出した。
「この辺りには、戦時中の記録がほとんど残っていない山がある。鴉ヶ谷、という名の……」
その名前が出た瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。
大広間の隅、少し離れた席に座っていたのが、横浜から来た私立探偵・工藤俊一だった。
三十二歳、本来は横浜で事務所を構える探偵だが、心身の疲労から「休養」と称してこの温泉地に滞在している。
「工藤くん、こういう席にわざわざ来て、休まる気がするのかね」
からかうように声をかけたのは、工藤について来た元警視庁刑事の秋月小五郎だった。
四十八歳、後輩の工藤を何かと気にかけ、休養と言いつつも半ば強引に同行している。
「秋月さんこそ、休ませる気があるんですか。……まあ、こういう話を聞いてると、逆に落ち着きますよ。事件の匂いがしない、ただの怪談話ですから」
工藤がそう言った直後、大広間の入り口から、慌ただしい足音が響いた。
「大変です! ニュース、見ました?」
飛び込んできたのは、地元YouTuber兼ブロガーの鳴海美佑だった。
二十四歳、地域の話題を発信することを生業とする彼女は、スマートフォンの画面を突き出しながら、息を切らしていた。
「鴉ヶ谷鉱山で、遺体が発見されたって……!」
その一言で、大広間の空気が一変した。
作家陣は色めき立ち、探偵陣は互いに顔を見合わせた。
占い師の島田司――四十歳、いつも飄々とした態度を崩さない男――でさえ、珍しく真剣な表情を浮かべていた。
「鴉ヶ谷、ね……」
島田がぽつりとつぶやいた言葉に、同じく占い師の フェルナンド・村田が反応した。
五十三歳、関西を拠点にYouTuberとしても活動する彼は、腕組みをしながら首を傾げた。
「島田さん、何か視えましたか」
「いや……視えた、というより。ただ、あの山の名前を聞いた瞬間、妙に胸がざわついただけだ」
その会話を、少し離れた席で静かに聞いていたのが、カレー店の店長にして「事故を予知する」ことで地元では知られるイエンガー・ムハンマドだった。
五十五歳、温泉仲間として島田たちとも顔なじみの彼は、珍しく厳しい表情を浮かべていた。
「島田さん。俺も、同じだ」
「……お前もか」
二人の占い師とも言えぬ言葉のやり取りに、江戸川勉は静かに耳を傾けていた。
彼の傍らで、助手の安藤が小さくつぶやく。
「江戸川さん、これは……」
「ええ。単なる好奇心では、済まなそうですね」
江戸川の目に、探偵としての光が宿った。
旅館の窓の外、夕闇に沈み始めた山々の稜線が、まるで何かを隠すように、静かに霧に包まれていくのが見えた。




