第4話「米国からの客」
温泉地の一番奥まった旅館に、静かにチェックインした一人の外国人がいた。
ステーブ・ヘイブンス、五十七歳。米国人で、表向きの肩書きは「引退間近の政府職員」。だが、護衛らしき屈強な二人組――カルロスとホセ――を伴っての「休暇」は、誰の目にも不自然に映った。
この宿の女将から話を聞きつけた工藤俊一は、秋月小五郎とともに、それとなく周辺を探り始めていた。
「休暇にしちゃ、護衛が二人ってのは豪華すぎませんかね」
「ただの金持ちの用心棒かもしれん。決めつけるな」
秋月は慎重だったが、工藤の直感は違う方向を向いていた。
同じ頃、山田貴明は、これまで集めた情報を一度整理したいと思い、ある人物を訪ねることにした。町の名士たちから、幾度となく名前が挙がっていた男――根古親司だった。
「初めまして、根古さん。突然お邪魔してすみません」
「ああ、噂の記者さんか。まあ、上がりなさい」
根古は五十八歳、飄々とした雰囲気の男で、縁側では黒猫のヤマトが丸くなっていた。山田はこれまでの経緯を、順を追って話した。イエンガーの警戒、外国人の測量、三柱鳥居、景教――。
根古は黙って聞いていたが、話が一区切りつくと、静かに口を開いた。
「わしは探偵でも刑事でもないから、首を突っ込むつもりはないよ。ただ、一つだけ言えることがある」
「なんでしょう」
「この手の話は、表に出ている点と点を無理に線で結ぼうとすると、大抵見誤る。焦らず、それぞれの点がどれだけ『確からしいか』を、一つずつ確かめていくことだ」
その言葉は、特別な情報を含んでいたわけではなかった。だが、山田は妙に腑に落ちるものを感じた。派手な行動はしないが、物事の本質を見極める目を持った男――それが、山田が根古に対して抱いた第一印象だった。
「もし何か困ったら、また来なさい。わしにできることは大したことじゃないが、話を聞くくらいはできる」
根古はそう言うと、それ以上深入りする素振りは見せず、縁側の猫の頭を撫でた。ヤマトは、山の方角を見つめたまま、微動だにしなかった。
その夜、工藤と秋月は、旅館の裏手で偶然、ステーブ・ヘイブンスの部下らしき若い男女――北村唯と遠藤成気――が、地図らしきものを広げて何やら議論しているのを目撃した。
「……あれは、地形図か? やけに古い山道まで書き込まれてるな」
工藤が双眼鏡越しに呟く。
「NSAの人間が、日本の田舎の山道を調べて何になる」
秋月の疑問に、工藤はすぐには答えられなかった。ただ、確信だけが強まっていく。
――この町で今、何かとてつもなく大きなものが動き始めている。
(第5話へ続く)




