第3話「探偵への依頼」
翌週、山田貴明は温泉宿のロビーで、思わぬ人物と鉢合わせた。
「……工藤さん?」
「あれ、山田さん。奇遇ですね」
横浜の私立探偵、工藤俊一だった。以前、別件の取材で世話になったことのある男だ。ラフなシャツに、休暇らしい気の抜けた表情を浮かべている。隣には、貫禄のある初老の男が立っていた。
「こちら、秋月小五郎さん。元警視庁の刑事さんで、今は俺の……まあ、監視役みたいなもんです」
「人聞きの悪い言い方をするな」
秋月がぼそりと突っ込む。二人は、工藤の「休養」に付き合う形でこの温泉地に来ていたらしい。
山田は、これは渡りに船だと思った。
「工藤さん、実は今、ちょっと厄介な取材をしていまして。もしよければ、正式に調査を依頼したいんですが」
「いや、俺は今、休みなんですけど……」
「休むといって、部屋でスマホばっかりいじってるお前が言うな」
秋月の一言で、工藤は渋々ながらも話を聞く姿勢になった。山田はこれまでの経緯――イエンガーの不自然な警戒心、外国人による測量らしき行動、郷土史への海外からの問い合わせ、そして「古い鳥居」を探す客――を、順を追って説明した。
「……なるほどね。単なる田舎町の噂話にしちゃ、ちょっと具体的すぎる」
工藤の目つきが、それまでの弛緩した空気から一変した。探偵の顔になっていた。
「秋月さん、これ、乗りますよね」
「儂に聞くな。お前の依頼だろう」
そう言いつつも、秋月はすでに腕を組んで考え込んでいた。
依頼を正式に受けた工藤と秋月は、まず「古い鳥居」の噂を洗うことにした。町の図書館の郷土資料と、地元の古老への聞き込みを重ねた結果、たどり着いたのは、郡上市大和町の山中にひっそりと建つという「三柱鳥居」の存在だった。
「地図にも載ってないし、神社もない。由来もはっきりしないときた」
資料を読みながら、工藤が眉をひそめる。
「山道も不明瞭で、下手すりゃ遭難するレベルの秘境らしいですよ」
「そんな場所に、わざわざ鳥居だけ建てる意味がわからんな」
秋月が唸る。地元の古老の一人からは、こんな話も聞けた。
「あれは、八咫烏を象ったものだって言う人もおるよ。三本足の、神武天皇を導いたっていう、あの烏だ」
工藤と秋月がその足で、町の小さな教会に立ち寄ったのは、偶然に近かった。牧師の西野薫が、思いがけない情報を提供してくれたのだ。
「最近、教会にも歴史マニアを名乗る外国人が訪れましてね。景教――ネストリウス派キリスト教について、やけに詳しい質問をしてきたんです」
「景教、ですか」
工藤の脳裏に、先ほど読んだ資料の一節がよぎった。三柱鳥居の起源を巡る、複数の仮説の一つ。それが、目の前の断片と、静かに、しかし確実に繋がっていく感触があった。
「山田さん」
工藤は電話越しに、少し声のトーンを落として言った。
「これ、思ったよりでかい話かもしれません」
(第4話へ続く)




