第2話「町の顔ぶれ」
イエンガーの店を出てから、山田貴明は方針を変えることにした。本人に直接当たっても埒が明かないなら、周辺から埋めていくしかない。
まず向かったのは、温泉街の路地裏にひっそりと建つ茶店「ラクカ」だった。
「マスター、コーヒーを一杯。それと、ちょっと聞きたいことが」
カウンターの向こうで、太田豊がゆっくりと顔を上げた。齢五十八、この店の主人にして、町の情報が自然と集まってくる、いわば非公式の交差点のような男だ。
「あんた、東京から来た記者さんだろ。もう噂になってるよ」
「早いですね」
「田舎ってのは、そういうもんだ。で? 何が知りたい」
「カレー屋のイエンガーさんなんですが」
太田は少し考えるように視線を天井に向けた後、静かに言った。
「あの人は昔から変わってる。悪い人間じゃないが、時々、こっちが薄気味悪くなるくらい鋭いことを言う」
その言葉を皮切りに、山田はこの数日で、町の名物男たちに次々と話を聞くことになった。
大工の鏑木俊哉は、六十歳になっても現役で棟梁を張る男だった。仕事場の材木の匂いの中で、彼は笑いながら言った。
「最近、見慣れない外国人が山の方をうろついとるって話、聞いたか? 測量の格好しとったらしいが、どこの会社の人間かは誰も知らんのだと」
会計士の長曾我部圭吾は、几帳面な性格を思わせる整った事務所で、少し違う角度から情報をくれた。
「町の観光協会に、最近やたらと『郷土史』について問い合わせが増えてるんですよ。それも、海外からのメールで」
ラーメン屋の織田信暢は、丼を洗う手を止めずに軽い調子で言った。
「俺のところにも外国人の客、来たよ。カタコトの日本語で、『このあたりに古い鳥居はないか』ってさ。鳥居ってラーメン屋に聞くことか?って思ったけどな」
そして、神社の境内で竹箒を使っていた神主・松平秀麿は、山田の質問に対して、少し違う温度で答えた。
「昔から、この地域は妙な言い伝えが多いんですよ。三柱鳥居なんぞ、日ユ同祖論を信じる好事家がたまに見にくるくらいでね」
「日ユ同祖論、ですか」
「まあ、眉唾な話ですがね。日本人とユダヤ人が同じ祖先だとかいう、あれです」
「まあ、眉唾な話ですがね。日本人とユダヤ人が同じ祖先だとかいう、あれです」
松平はそう言って笑い、それ以上深追いする様子はなかった。山田もこの時点では、単なる田舎の与太話の一つとして聞き流した。
――しかし後になって、山田はこの何気ない一言を、何度も思い返すことになる。
その日の夕方、山田は「ラクカ」に戻り、太田に一日分の取材メモを整理しながらコーヒーを飲んでいた。
「外国人の測量、郷土史への問い合わせ、古い鳥居を探す客……。マスター、これ、偶然にしちゃ多すぎませんか」
太田は珍しく真顔になって、カウンター越しに小さく答えた。
「わしもな、そう思ってたところだ」
(第3話へ続く)




