「譲られなかったもの」
旅の最終日、四人は出雲市の南、須佐神社へと足を延ばした。ヤマタノオロチ退治で知られるスサノオノミコトが、晩年を過ごしたとされる地である。
「ここは、出雲大社ほど華やかではないですが、地元の方々には、また違った深い信仰を集めている場所なんですよ」
境内の巨大な杉の木を見上げながら、金田一が説明する。樹齢一千三百年とも言われる、その荘厳な佇まいに、四人はしばらく言葉を失った。
「横溝先生、これまでの旅を振り返って、何か思うところはありますか」
佐藤の問いに、横溝はゆっくりと語り始めた。
「国譲り神話というのは、普通に読めば、負けた側の物語だ。だが、実際にこの土地を歩いてみると、出雲は少しも『譲り切っていない』。神在月には全国の神々を迎え、素鵞社では今も強い信仰が息づき、須佐神社のような場所も、静かに、しかし確かに、大切にされ続けている」
「表向きは国を譲った。でも、譲らなかったものが、たくさん残っている、ということですね」
「そうだ。わしはミステリー作家として、いつも『表の顔』と『裏の顔』を書いてきたが、この土地そのものが、まさにそういう二重構造を持っているように思えるよ」
金田一が、静かに続けた。
「学術的な立場から言えば、国譲り神話自体、大和朝廷が自らの支配を正当化するために編纂した側面があります。しかし、その神話が生まれた後も、出雲の人々は、自分たちなりの信仰と誇りを、脈々と受け継いできた。記録が語る話と、生きられた歴史は、必ずしも一致しないものです」
山田は、これまでの旅――可児、赤穂、戸来村、剣山、諏訪、飛騨、そして出雲――を、一つずつ思い返していた。中央の記録と、地方の記憶。証拠と、信仰。それぞれの土地で、形を変えながら、同じテーマが繰り返し現れてきた。
帰りの新幹線の中、佐藤がノートを閉じながら、静かに言った。
「山田さん、俺、次の本のタイトル、決めました」
「もう決めたんですか。早いですね」
「『譲られなかったもの』。国譲り神話の出雲を締めくくりに使えば、これまでのシリーズ全体を貫くテーマとしても、しっくりくる気がして」
横溝が、隣の席から口を挟んだ。
「良いタイトルだ。ミステリー作家としても、太鼓判を押すよ」
「金田一先生は、いかがですか」
「学術的な厳密さには欠けるかもしれませんが……」金田一は珍しく、柔らかく微笑んだ。「一般の読者に伝わる言葉としては、十分に的確だと思います」
四人を乗せた新幹線は、夕暮れの中国山地を抜けて、東へと進んでいった。証明されなかった場所を巡る旅は、また新しい形で、これからも続いていきそうだった。
(完・『出雲、譲られなかったもの』




