「参道の老舗」
その日の宿は、出雲大社の鳥居からほど近い、老舗旅館だった。明治十年の創業というその宿は、格式のある佇まいで、参道を行き交う参拝客の視線を自然と集めていた。
「ここ、実は結構な有名処なんですよ」
チェックインを済ませながら、佐藤が小声で解説を始めた。
「シンガーソングライターの竹内まりやさんの、ご実家として知られている旅館なんです」
「ああ、聞いたことがあります」
山田が頷く。ロビーの一角には、控えめながら、往年のアルバムジャケットやコンサートグッズが並べられたコーナーがあった。夕食の席では、竹内まりやと、夫である山下達郎の楽曲が、静かにBGMとして流れている。
「横溝先生、金田一先生。お二人は、この曲、ご存知でした?」
「わしの世代だと、懐かしいくらいだね。学生時代、よく流れていたよ」
横溝が目を細めながら答えた。金田一は、あまり音楽に詳しくないのか、控えめに微笑むだけだった。
「山田さん、こういう『地元の有名人の実家』的な話も、実は今回のテーマと、少し重なる気がするんです」
「重なる、というと?」
「出雲というと、神話や信仰の話ばかりが注目されますけど、こういう、もっと身近な形で、この土地から世に出ていった人の存在も、また別の意味で『出雲を語る一部』なんじゃないかって」
「なるほど。中央で活躍する人と、その人を育んだ土地、という構図ですね」
金田一が、いつもの慎重さで言葉を挟んだ。
「民俗学的に言えば、それもまた一つの『土地の記憶』の継承の形です。神話や祭祀だけが、土地の物語ではありませんから」
横溝が、料理に舌鼓を打ちながら、しみじみと呟いた。
「出雲そばに、日本海の幸。それに、地元の音楽が静かに流れる夕食。……これはこれで、実に良いミステリーの導入になりそうな雰囲気だな」
「先生、また小説のネタ探しですか」
「職業病だよ、佐藤くん」
四人は、久しぶりに肩の力を抜いた、穏やかな夜を過ごした。窓の外には、出雲大社の杜が、静かに夜の闇に沈んでいくのが見えた。




