「西を向く神」
翌朝、四人はまず、出雲大社の西方にある稲佐の浜を訪れた。
「ここが、国譲り神話の交渉が行われたとされる場所ですね」
金田一が、資料を片手に説明する。
「大国主命が、高天原からの使者――建御雷神と、波打ち際で対峙したとされています。そして今も、旧暦十月には、全国の神々が最初にこの浜へ降り立つとされ、神迎神事が行われるんです」
「本土の神々が、わざわざこの浜に集まってくる、というわけですね」
佐藤が、砂浜を踏みしめながら言った。横溝が、その様子を興味深そうに眺めている。
「佐藤くん、それで、昨夜語っていた仮説というのは?」
「あ、そうでした。実は――」佐藤は少し声を潜めた。「出雲大社の本殿、参拝者が拝む向きと、実際の御神座の向きが、違うらしいんです」
「ほう」
「本殿自体は南を向いているのに、中の大国主命の御神座は、西――つまり、この稲佐の浜の方角を向いているそうなんです。参拝者は正面から拝んでいるつもりでも、実は神様は、横顔しか見せていない、という状態なんですよ」
金田一が、慎重に補足した。
「その通りです。理由については諸説ありますが、明確に文献で立証されているわけではありません。国譲りの際の複雑な事情を反映しているのではないか、という説が有力ではありますが」
「横溝先生、これ、ミステリー的に言うと、どういう構図になります?」
佐藤に水を向けられた横溝は、少し考えてから、面白そうに答えた。
「そうだね……。表向きの姿と、本当の向きが違う、というのは、いわば『アリバイ』のようなものだ。参拝者には正面を向いているように見せながら、本当の関心は、別の方向――稲佐の浜、つまり国譲りの記憶がある場所に、向け続けている。そう読むと、なかなか含みのある話じゃないか」
「先生、それ、小説の一節みたいですね」
「小説家だからね」
四人は笑いながら、本殿の裏手にある素鵞社へと向かった。
素鵞社の背後には、八雲山と呼ばれる山が、静かにその姿を覗かせていた。
「あの山は、神職の方でさえ、立ち入ることが許されない禁足地なんです」
金田一が説明を続けた。
「出雲大社の公式な発表では、御神体が何かは明言されていません。ですが、この磐座――八雲山の岩肌が剥き出しになった部分を見る限り、多くの研究者が、八雲山そのものが御神体ではないかと考えています」
「触れることはできるんですね」
「ええ。ここだけが、唯一、聖域の一部に触れることを許されている場所です」
山田は、そっとその岩肌に手を触れてみた。ひんやりとした、しかし不思議と落ち着く感触があった。
「山田さん、どうです、何か感じます?」
「……佐藤さんの言うような、神秘的な感覚はさっぱりですが、この石が、ずっとこの場所で、多くの人々に触れられ続けてきたんだな、という重みは感じますね」
「それは、山田さんらしい感想ですね」
横溝が、静かに口を挟んだ。
「わしも、同じ感想だよ。証拠や超常現象を探すより、この石に積み重なった、人々の祈りの時間の厚みの方が、よほど雄弁に思える」
四人は、しばらくその場に佇み、それぞれの思いで、目の前の禁足地を見つめていた。




