「二礼四拍手一礼」
神戸から現れた小説家、横溝周平は、六十五歳になる今も、背筋の伸びた矍鑠とした男だった。
本格ミステリーを書き続けて四十年、その筆致は緻密で、謎を解く過程そのものを愛する性分だった。
「佐藤くん、というのは、まだまだ若いね。
わしが君の年の頃は、まだ助手作業をやらされていたものだよ」
「横溝先生にそう言っていただけると、光栄です」
一方、東京から合流した民俗学者、金田一崇は、五十代半ば、いかにも学者然とした、慎重な物言いをする男だった。
「佐藤さんの本、拝読しましたが、一点だけ気になったことがあります。石徹白の項で引用されている史料の出典が、少し曖昧でしたね」
「うっ……そこ、突かれると痛いところです」
初対面から、早速二人の個性がぶつかり合う中、山田貴明は苦笑しながら、これから始まる新しい旅に、いくばくかの期待を抱いていた。
四人が最初に向かったのは、出雲大社だった。
「山田さん、知ってますか。出雲大社の参拝作法、『二拝四拍手一拝』なんです。普通の神社は二拍手なのに、ここだけ四拍手」
「四回、というのは、何か意味があるんですか」
金田一が、専門家らしい慎重さで答えた。
「諸説ありますが、四季を表すとも、東西南北を表すとも言われています。ただ、正直なところ、由来が明確に文献で裏付けられているわけではありません」
「学者らしい、誠実な物言いですね」
「憶測で語ることは、私の仕事ではありませんので」
境内を歩きながら、横溝が興味深そうに呟いた。
「出雲というのはね、日本神話の中でも、実に不思議な位置づけの土地なんだよ。大国主命が、高天原からの使者に国を譲る――いわゆる『国譲り神話』の舞台だ」
「中央に、土地を譲った側、ということですね」
「その通り。だが面白いのは、譲った側であるはずの出雲が、今も独自の強い信仰圏を保っていることだ。旧暦十月、他の地域では神々が留守になるとされて『神無月』と呼ばれるのに、出雲だけは、全国の神々が集まってくるとされて『神在月』と呼ばれる」
「負けたはずの土地が、実は特別な地位を保ち続けている……」
山田の中で、これまでの旅で見てきた構図――中央の記録と、地方の記憶の食い違い――が、また新しい形で立ち上がってくるのを感じた。
その夜、宿で四人が囲炉裏を囲んでいると、佐藤が身を乗り出した。
「横溝先生、金田一先生。実は俺、出雲について、一つ気になっている説があるんです」
「ほう、聞かせてもらおうか」
「出雲大社の背後にある八雲山、それに、大社の摂社である素鵞社――ここにまつわる伝承の中に、実は……」
佐藤が語り始めたその仮説に、横溝は興味深そうに耳を傾け、金田一は時折、資料を確認しながら、慎重に相槌を打った。
山田は、その様子を眺めながら、静かにノートを開いた。事実を追う者、物語を紡ぐ者、謎解きを愛する者、学術的検証を怠らない者――四つの異なる視点が、これからどんな旅を作り出していくのか。
まだ誰にも、その答えは見えていなかった。




