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ジャーナリスト  作者: 賀茂丈晴
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27/50

「証明されなかった場所で」

 その本が書店に並んだのは、御嶽山からの帰路につれてから、およそ一年後のことだった。


 山田貴明は、仕事の合間を縫って、近所の書店に立ち寄った。

新刊コーナーの片隅に、見慣れた名前を見つける。


 ――『証明されなかった場所で』佐藤直樹・著


 装丁は、思いのほか落ち着いた作りだった。

派手なオカルト風の意匠ではなく、山並みのシルエットだけをあしらった、静かな表紙。山田は、それを手に取ってレジへ向かった。



「山田さん、読んでくれました?」


 電話越しの佐藤の声は、いつになく緊張していた。


「昨日、一晩で読みましたよ」


「ど、どうでした、正直に言ってください」


 山田は少し間を置いてから、答えた。


「良かったです。本当に」


「お世辞じゃなくて?」


「お世辞なら、こんな短く言いません」


 山田は本を開き、付箋を貼ったページを見つめながら続けた。


「特に、最後の章。可児から始まって、赤穂、戸来村、剣山、諏訪、そして飛騨と御嶽山まで。事実として分かったことと、分からずじまいだったことを、きちんと分けて書いてある。それでいて、分からなかったことの方に、ちゃんと敬意が払われている」


「それ、山田さんに教わったようなものですから」


「いや、これは佐藤さんが、自分の力で辿り着いた書き方ですよ」



 本は、当初の予想を超えて、静かに、しかし着実に読者を広げていった。

オカルト好きの読者だけでなく、地方史や民俗学に関心を持つ層、さらには、旅行のガイドブック代わりに手に取る人まで現れた。


 ある地方新聞の書評には、こう書かれていた。


『陰謀論めいた題材を扱いながら、著者の視線は終始謙虚である。派手な断定を避け、それぞれの土地に生きる人々の言葉を、丁寧にすくい上げている点に好感が持てる』


 佐藤は、この書評を印刷して、額に入れて部屋に飾った。


「山田さん、俺、これまで自分の書くものが、こんな風に評価されたこと、なかったんですよ」


「今までの佐藤さんの本、読んだことなかったので分かりませんが」


「手厳しいですね、相変わらず」


 二人は笑い合った。



 刊行から数ヶ月後、出版社の計らいで、小さなトークイベントが開かれることになった。

会場には、二人がこれまで旅の中で出会った人々への感謝を込めて、招待状が送られていた。


 当日、会場の隅には、思いがけない顔ぶれが並んでいた。

剣山で出会った比較神話学者のダニエル・ローゼンから届いた祝いのメッセージが、壇上で読み上げられた。諏訪の守矢家当主からは、丁寧な礼状とともに、地元の銘菓が届いていた。


 そして、会が終わりかけた頃、山田は会場の後方に、見覚えのある人影を見つけた。


「……根古さん?」


 根古親司が、飄々とした様子で、会場の隅に座っていた。

足元には、なぜか黒猫のキャリーバッグまで置かれている。


「いや、まさかヤマトまで連れてきたんですか」


「留守番させると、うるさくてかなわんのでな」


 根古は笑いながら立ち上がり、佐藤に歩み寄った。


「あんたの本、読ませてもらったよ」


「あ、あの、根古さんまで……」


「わしのことは、名前も出さんかったのに、随分と気を遣った書き方だったな」


「それは、根古さんが望まないだろうと思ったので」


 根古は満足げに頷いた。


「これでいい。伝承ってのは、誰かの手柄にするためのものじゃない。あんたが、それをちゃんと分かって書いてくれたなら、わしはそれで十分だ」



 イベントが終わり、会場を後にする道すがら、山田と佐藤は、夜の街を並んで歩いていた。


「山田さん、次はどこに行きましょうか」


「もう次を考えてるんですか」


「そりゃそうですよ。まだ日本には、俺たちが知らない『証明されなかった場所』が、いくらでもあるはずですから」


 山田は、少し呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


「まあ、次に何か面白い話が舞い込んできたら、また声をかけてください」


「約束ですよ」


 夜空には、街灯にかき消されながらも、いくつかの星が瞬いていた。

二人の旅は、まだ、終わってはいないようだった。



 その数日後、佐藤のもとに、二通の手紙が届いた。


 一通は、神戸に住むという初老の小説家、横溝からのものだった。

長年、本格ミステリーを書き続けてきたという、その筆致は達筆で、丁寧だった。


『拝読いたしました。土地の伝承を、安易な謎解きに落とし込まず、最後まで謎を謎のまま尊重する筆致に、感服いたしました。もしよろしければ、一度お目にかかってお話を伺いたく存じます』


 もう一通は、東京の大学で民俗学を教えているという、金田一という教授からだった。


『貴著、大変興味深く拝読しました。特に、飛騨における中央史観と地方伝承の乖離についての考察は、専門的にも示唆に富むものです。学術的な観点から、いくつか意見交換をさせていただけますと幸いです』


 佐藤は、その二通の手紙を持って、山田のもとへ駆け込んだ。


「山田さん、見てください、これ! 神戸の横溝先生と、東京の金田一先生から!」


「……横溝さんに、金田一さんですか。ずいぶん、探偵小説的な名前が並びましたね」


「ですよね! 俺も最初、封筒を見た時、悪戯かと思いましたよ」


 山田は苦笑しながら、二通の手紙に目を通した。


「お二人とも、ずいぶん熱心なお言葉ですね。……佐藤さん、これ、お会いすることにするんですか」


「もちろんです! 小説家の横溝先生には、物語としての語り口を。民俗学者の金田一先生には、学術的な裏付けを。両方の視点が揃えば、これまで以上に踏み込んだ調査ができるかもしれません」


 佐藤の目は、すでに次の冒険を見据えているようだった。


「山田さん、俺たちの旅、まだまだ続きそうですよ」


 山田は、その様子を見て、小さくため息をつきながらも、どこか楽しげな笑みを浮かべた。


「……分かりました。お二人にお会いする日程が決まったら、教えてください。僕も同席します」


「もちろんです! これは面白くなってきましたよ、山田さん!」


 こうして、山田貴明と佐藤直樹の物語に、新たに二人の協力者が加わることとなった。神戸の小説家、横溝。東京の民俗学者、金田一。四人が揃った時、次にどんな「証明されなかった場所」が姿を現すのか――それは、また別の旅で語られることになる。


(完)

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