「床下の軍事機密」
千光寺を後にした二人は、両面宿儺の足跡をさらに追う中で、白川郷へと足を延ばすことにした。
世界遺産として知られる合掌造りの集落だが、佐藤には、また別の目的もあった。
「山田さん、実はこの合掌造りの家、観光地としてのイメージとは別に、とんでもない歴史があるんです」
「とんでもない、というと」
「この分厚い床下でね、江戸時代、加賀藩の軍事機密――火薬の原料になる『塩硝』が、密かに作られていたんですよ」
「火薬、ですか。合掌造りの、あののどかな家の中でですか」
「そうなんです。土と、蓬みたいな野草と、蚕の糞なんかを混ぜて、床下の穴で四、五年かけて発酵させる。それを煮詰めて、硝石の結晶を取り出すんです。しかも、これは幕府にも秘密にされた、加賀藩だけの軍事機密だったんですよ」
白川郷の民家園で、案内をしてくれた学芸員が、床の一部を持ち上げて見せてくれた。
「この下がまさに、塩硝を作っていた穴の跡です。当時、庄川には橋もかけられていませんでした。籠の渡しという、命綱一本で対岸へ渡る方法しかなかったんです」
「なぜ、そこまで厳重に?」
「一つには、秘伝の漏洩を防ぐためです。もう一つは、罪人の流刑地としても使われていたので、人の出入りそのものを厳しく制限する必要があった、とも言われています」
佐藤は感慨深げに、床下の穴を覗き込んだ。
「山田さん、これって、俺たちがこれまで追ってきた話と、ちょっと似てませんか」
「似ている、というと?」
「表向きは、のどかな山里の暮らし。でもその床下では、国家レベルの軍事機密が、静かに、何百年も進行していた。剣山や可児で見てきた、『表の顔』と『裏の顔』の構図と、どこか重なる気がするんです」
山田は頷いた。両面宿儺の二つの顔、位山の二つの伝承、そして、この合掌造りの二重の生活。飛騨・美濃・越中の山々には、そういう「二重性」を抱え込んだ土地の記憶が、幾重にも積み重なっているのかもしれなかった。
その夜、宿で地図を広げながら、佐藤が新たな提案をした。
「山田さん、せっかくここまで来たので、もう少し足を延ばしませんか。白山と、その麓の石徹白。それに、御嶽山にも」
「白山、というと、白山信仰の総本山ですね」
「ええ。実はこの五箇山や白川郷の一帯も、古くから白山を信仰する修験者たちの行場だったそうです。石徹白は、白山への登拝道の拠点になっていた集落で、独特の歴史を持っています」
「御嶽山は?」
「あちらは、また違う系統の山岳信仰ですね。御嶽教という、独自の宗派まで生まれています。両面宿儺の伝承とは直接繋がらないかもしれませんが、この一帯の『山と人との関わり方』を知る上では、外せない場所だと思うんです」
山田はしばらく考えた後、静かに頷いた。
「分かりました。ただ、佐藤さん。今回のテーマは、あくまで『両面宿儺』――中央の記録と、地元の記憶の食い違い、というところに軸足を置きましょう。手を広げすぎると、また符合集めになってしまいますから」
「うっ、それは前回、俺が自分で言ったことですね……肝に銘じます」
二人は翌朝、白山信仰の拠点である石徹白へと向かうことにした。




