「七十八代目」
翌朝、二人は守矢家の史料館に隣接する屋敷を再訪した。今回は、この家系の現当主――代々続く神長官の血筋を継ぐ、七十八代目の当主に、直接話を伺えることになっていた。
「よくいらっしゃいました。うちの家系のことを、そんなに熱心に調べてくださる方は、最近では珍しい」
当主は物腰の柔らかい、七十代とおぼしき男性だった。
「七十八代、というと、気の遠くなるような歴史ですね」
「そうですね。ただ、正直に申し上げると、その全てが史実として証明できるわけではありません。家に伝わる系譜や言い伝えを、大切に受け継いできた、というのが正しいところでしょうか」
「洩矢神と、物部守屋公の伝承についても、ですか」
「ええ。真偽は分かりません。ですが、この土地に生きてきた者として、先祖が大切にしてきた物語を、軽々しく否定することもできない。そういう、宙ぶらりんな立場ですよ、私は」
その謙虚な言葉に、山田は好感を覚えた。
話の途中、屋敷の外の庭で、一人の外国人女性が静かに手を合わせているのが見えた。
「あの方は?」
「ああ、イスラエルから来られた研究者の方です。失われた十支族の足跡を調べる団体に関わっている、と伺っています。年に一度くらいの頻度で、ああして祈りを捧げにいらっしゃるんですよ」
山田がそっと近づくと、女性は静かに顔を上げた。
「お邪魔して、すみません」
「いえ。ここは、いつも静かで、良い場所です」
彼女は流暢な日本語で、そう答えた。
「あなたも、ここに何か、古代の繋がりの証拠を求めて?」
山田の問いに、彼女は少し考えてから、穏やかに答えた。
「証拠は、正直、期待していません。ただ、遠く離れたこの国に、私たちの物語とよく似た響きを持つ場所があるということ自体が、私にとっては、十分に意味のあることなんです。証明できるかどうかより、大切に思う気持ちが、こんなに遠くまで、似た形で残っている。それだけで、十分じゃないですか」
その言葉は、可児の恵那山で一石誠二が語った切実さとも、剣山でダニエル・ローゼンが語った学者的な誠実さとも、また少し違う、静かな温かさを持っていた。
諏訪を発つ日、佐藤直樹は、宿の窓から見える守屋山の稜線を、しばらく黙って眺めていた。
「山田さん、俺、この旅のシリーズ、そろそろ一区切りつけようと思います」
「区切り、というと?」
「赤穂、戸来村、剣山、諏訪。四つも回れば、十分、俺の中で伝えたいことは見えてきました。これ以上増やすと、たぶん、ただの『符合集め』になっちゃう気がして」
「らしくない、慎重な判断ですね」
「山田さんと旅してるうちに、多少は学習したんですよ」
佐藤は照れくさそうに笑うと、鞄からノートを取り出し、最後の一文を書き加えた。
――似ているということ自体が、答えなのかもしれない。証明の代わりに、人はただ、大切に想う気持ちを、遠く離れた場所で、それぞれのやり方で守り続けてきたのだから。
守屋山の稜線は、その日も静かに、変わらぬ姿でそこに在り続けていた。




