「十間廊と御神渡り」
翌日、二人は諏訪大社上社前宮――四社の中でも最も古い信仰の形を残すとされる社を訪れた。
「山田さん、見てください。あれが『十間廊』です」
境内に建つ、細長い簡素な建物を前に、佐藤が声を弾ませた。
「かつてはここで、神への供物を並べる神事が行われていたそうです。で、これが海外の識者の間で、こう言われているらしいんですよ。『ユダヤの幕屋の構造に似ている』と」
「幕屋、というと」
「旧約聖書に出てくる、移動式の礼拝所です。イスラエルの民が、荒野を旅する間、契約の箱を安置していた場所ですね」
剣山で聞いた「契約の箱」という言葉が、思わぬところでまた顔を出したことに、山田は軽い眩暈のようなものを覚えた。
「まあ、専門家じゃない人間の感想レベルの話ですけどね」
「ですが、こう繋がりが重なってくると、さすがに気になりますね」
前宮の宮司から話を聞く機会を得た二人は、さらに興味深い話を耳にすることになった。
「冬になると、諏訪湖に『御神渡り』という現象が起きるのをご存知ですか」
「氷が盛り上がって、湖の上に一本の道のような筋ができる、というあれですね」
「その通りです。言い伝えでは、上社の男神・建御名方命が、下社の女神・八坂刀売命のもとへ、湖の上を渡って会いに行った跡だとされています」
「湖の上を渡る、というのは……」
佐藤が何かに気づいたように、山田の顔を見た。
「新約聖書にも、イエスが湖の上を歩いた、という有名な逸話がありますよね」
宮司は静かに微笑んだ。
「似ている、と感じる方は、確かに時々いらっしゃいますね。ただ、私どもとしては、これは古くからこの土地に伝わる神々の物語として、大切に守っているだけのことです。海の向こうの物語と、似ているかどうかは、正直、専門外なものですから」
謙虚だが、はっきりとした宮司の物言いに、山田は好感を抱いた。
その日の夕方、宿に戻る道すがら、佐藤はノートに、これまでの旅で集めた符合を一つずつ書き出していた。
「赤穂の大避神社――ダビデ王。戸来村――キリストの墓。剣山――契約の箱。そして諏訪――モリヤ山とイサクの燔祭」
「並べてみると、壮観ですね」
「でしょう。でも山田さん、俺、今回の旅を通じて、一つ分かったことがあるんです」
「なんです?」
「これだけ似た話が、日本中のあちこちに散らばってること自体が、実はもう『答え』なんじゃないかって。つまり――」
佐藤は少し言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「古代に本当に交流があったかどうかより、『似ている』と感じずにはいられない何かを、人間はずっと、色んな場所で、繰り返し紡いできたんだ、っていう。それこそが、面白いんじゃないかって」
山田は、剣山でダニエル・ローゼンが語った言葉を思い出していた。
人間が神聖なものを守り、伝えようとする営みは、独立して似た形になり得る――。
「佐藤さん、その考え方、悪くないですね。むしろ、今までのあなたの『陰謀論小説家』らしさより、よっぽど深みがある」
「褒めてます? けなしてます?」
「褒めてますよ、もちろん」
諏訪湖の湖面に、夕日が静かに反射していた。
まだ御神渡りの季節には早いその湖を眺めながら、二人はしばらく、言葉もなく立ち尽くしていた。




