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ジャーナリスト  作者: 賀茂丈晴
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19/24

「鶴亀山の彼方に」

 翌朝、山田と佐藤は、山木伝蔵の案内で、劔山本宮劔神社へと向かった。


 境内で祈祷をしていた宮司に話を聞こうとしたその時、参道の脇で、一人の初老の外国人男性が、静かに岩肌をスケッチしているのが目に留まった。


「失礼、あなたは……」


 山田が声をかけると、男性は顔を上げ、穏やかな英語交じりの日本語で答えた。


「ああ、驚かせてすみません。私はダニエル・ローゼンといいます。

エルサレムの大学で、比較神話学を研究している者です」


「アークの伝承を、調べにいらしたんですか」


「ええ。ですが、誤解しないでいただきたいのですが」ダニエルは苦笑しながら続けた。

「私は、本当にここにアークが埋まっているとは思っていません。ただ、なぜこれほど遠く離れた国に、我々の神話とよく似た伝承が生まれたのか、そのこと自体に興味があるのです」


「よく似た伝承、というと」


「神輿の起源、祭りの掛け声、山伏の装束――偶然の一致と片付けるには、確かに数が多い。しかし、それが古代の直接的な接触の証拠だとは、私は考えていません。むしろ、人間が神聖なものを『運ぶ』『守る』という営みを、独立してよく似た形で発展させた、という方が、私には自然に思えます」


 佐藤が興味津々に食いついた。


「でも、可能性はゼロじゃないですよね」


「もちろん、ゼロだとは言いません。歴史とは、常に『可能性』の余地を残すものです。

ですが、その可能性に飛びつく前に、まずは目の前にある伝承そのものを、丁寧に読み解くべきだと、私は思っています」


 ダニエルの言葉は、以前一石誠二が語った、信仰にも似た切実さとは、また違う響きを持っていた。

学者としての、地に足のついた誠実さがそこにはあった。



 山木伝蔵の家に戻った二人は、囲炉裏端で、これまでの旅を振り返っていた。


「山田さん、結局、アークがあるかどうかは、分からずじまいでしたね」


「そうですね。でも、それでいいんじゃないですか」


「え?」


「赤穂で、戸来村で、そしてここで。僕らが見てきたのは、『証拠』じゃなくて、それぞれの土地の人たちが、長い時間をかけて紡いできた物語でした。ダニエルさんの言う通り、それ自体に価値があるんだと思います」


 佐藤はしばらく黙っていたが、やがてノートを取り出し、何かを書き留め始めた。


「山田さん。俺、今回の旅で、初めて『事実』っていうものの、本当の面白さが分かった気がします」


「どういうことです?」


「今までの俺は、『面白い物語』を作るために、事実を都合よく切り貼りしてきただけだったんです。でも、今回みたいに、山田さんと一緒に、丁寧に事実を積み重ねていく過程そのものが、実はどんな空想より面白いんだって、気づいたんですよ」


 山田は少し驚いた顔をしたが、やがて柔らかく笑った。


「それは、探偵にでも転職したくなりましたか」


「まさか。俺は俺で、これを小説に書きます。ただし――」佐藤はいたずらっぽく笑った。

「今度は、ちゃんと『これはフィクションです』って、大きく書いておきますよ」



 旅の最後、山木伝蔵は、二人を見送りながら、静かに言った。


「あんたらは、答えを見つけには来なかったが、この山の話を、ちゃんと持ち帰ってくれる。それだけで、わしは十分じゃよ」


 剣山の山頂は、その日も雲に隠れて、その全貌を見せてはくれなかった。

だが、麓から見上げるその稜線は、確かに、遠い昔から変わらぬ姿で、そこに在り続けていた。

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