「剣山、鶴亀の下」
いよいよ本題である徳島県の剣山に、山田と佐藤は足を踏み入れた。
標高千九百五十五メートル、西日本で二番目に高いこの霊山には、古くから山岳信仰の聖地として、多くの神社仏閣が点在している。
「山田さん、ここが本命ですよ。伝承では、ソロモン王の秘宝――契約の箱ことアークが、この山のどこかに隠されているっていうんです」
「アーク、というと、十戒の石板が入っているという、あれですね」
「そうです。十戒石板、アロンの杖、マナの壺。この三つを納めた聖なる箱が、失われたイスラエル十支族によって、はるばるこの剣山まで運ばれた、という伝説なんです」
佐藤に依頼の手紙を送ってきたのは、地元で民宿を営む老人、山木伝蔵だった。
「よう来てくれた。わしも、もう先が長くない身でな。この土地の言い伝えを、誰かに託しておきたかったんじゃ」
山木は、家に代々伝わる古い巻物を二人に見せた。
「これは、わしの先祖が書き残したものでな。剣山の鶴岩、亀岩の下に、大切な宝が眠っている、と書いてある」
「実際に、発掘調査が行われたこともあるんですよね」
「ああ。昭和の初め頃、高根正教という聖書研究家が、調査隊を組んでな。鶴岩、亀岩の下を百三十メートルも掘り進めたそうじゃ。そこで、大きな丸い石――太陽石と呼ばれるものが見つかったという話じゃ」
「それ以外にも、何か見つかったんですか」
「大理石のアーチ門やら、ピラミッド型の空間やらが見つかった、という話も伝わっとる。じゃが、今はもう、国定公園に指定されて、勝手に掘ることはできん」
山田は手帳にメモを取りながら、静かに尋ねた。
「山木さん。あなた自身は、本当にアークがここに眠っていると、信じているんですか」
山木はしばらく黙り、窓の外の山並みを見つめた。
「信じている、というより……この山を大事にしてきた先祖たちの想いを、無下にはしたくない、というのが正直なところじゃな。あんたらジャーナリストや作家先生には、それが物足りない答えかもしれんが」
その夜、山木の家に泊めてもらった二人は、囲炉裏を囲みながら、さらに話を聞いた。
「実はこの山、戦後すぐの頃、GHQの人間が執拗に何かを探していた、という噂もあってな」
「GHQが、ですか」
「ああ。それに、今でも、イスラエルの大使館関係者が、時々この辺りを訪れるという話も聞く。
麓の劔神社の神紋と、ユダヤ教の燭台――メノラーが、よく似ているとかなんとか」
佐藤が身を乗り出した。
「山木さん、それってつまり」
「わしが言いたいのはな」山木は静かに、しかしはっきりと言った。
「この山は、遠い異国の人間たちにとっても、無視できない何かを持っている、ということじゃ。それが何なのか、わしにも分からんが」
山田はふと、可児の一件で根古が言った言葉を思い出していた。
伝承とは、事実を証明するためのものではなく、人がその土地とどう向き合ってきたかの記憶の形なのだ、と。
窓の外、剣山の稜線が、月明かりの中に静かに浮かび上がっていた。




