「戸来村のキリスト」
赤穂から戻った二日後、佐藤が興奮気味に新しい資料を抱えてやってきた。
「山田さん、もう一つ、とんでもない場所があるんです。青森県の新郷村――昔の名前を、戸来村っていうんですが」
「戸来、ですか」
「そう。戸来と書いて『へらい』。これが『ヘブライ』が訛ったものじゃないかっていう説がありましてね。しかもこの村には――」
佐藤は、まるで種明かしを楽しむように、一拍おいて続けた。
「『キリストの墓』があるんです」
「……はい?」
山田は思わず聞き返した。
「昭和十年に見つかった話なんですけどね。竹内文書っていう古文書に基づいて、ゴルゴダの丘で磔になったのは弟のイスキリで、キリスト本人はひそかに日本に逃れてきて、この戸来村で百六歳まで生きた、っていう伝承があるんです」
「かなり突飛な話ですね……」
「ですよね。俺も最初はさすがに眉唾だと思いました。でも、面白いのはここからです。この村には、子供が生まれたら額に十字を書く風習があったり、代々ダビデの星――六芒星を家紋にしていた旧家があったり」
「六芒星、ですか。赤穂のダビデ王の話と、また繋がってきますね」
「でしょう!それに、村に伝わる盆踊りの唄『ナニャドヤラ』が、ヘブライ語で読むと意味が通るっていう説を唱えた学者までいるんです」
山田はしばらく考え込んだ後、静かに言った。
「佐藤さん。今の話、剣山の契約の箱の依頼と、直接繋がってはいないですよね」
「繋がってはいないですが……気になりません? 赤穂、戸来、そして剣山。日本中に、こういう『ユダヤと日本を結びつける』伝承が、点在してるってことが」
結局、二人は青森へも足を延ばすことにした。
新郷村のキリストの里公園には、二つの土盛りが静かに佇んでいた。
右側が「十来塚」、左側が「十代墓」。案内板には、竹内文書に基づく伝承の詳細が記されている。
「思ったより、こぢんまりしてますね」
「地元の人も、正直そこまで本気で信じてるわけじゃないみたいですよ。観光資源として、大事にはしてるみたいですが」
隣接する伝承館で話を聞かせてくれたのは、地元の古老だった。
「うちの村にも、昔から六芒星の紋を使っとった家があってな。今の当主さんは、ちょっと日本人離れした顔立ちをしとる、なんて話もあるよ」
「その方に、お話を伺うことはできますか」
「さあ、どうだろうねえ。あんまり詮索されるのを好まん家系だから」
古老はそう言って、曖昧に笑った。
だが、その時、伝承館の隅で一枚の写真に目を留めた佐藤が、小さく声を上げた。
「山田さん、これ……」
展示されていたのは、二〇〇四年にエルサレム市から友好の証として贈られたという石碑の写真だった。
「わざわざイスラエルから、石碑を贈るなんてことがあるんですね」
「単なる観光交流かもしれませんが……。赤穂といい、ここといい、なぜかイスラエルとの『縁』を、向こうから結びに来ているように見えるのが、気になりますね」
山田の言葉に、佐藤は神妙な顔で頷いた。




