「西洋人顔の神様」
可児の一件から半年が過ぎていた。
山田貴明のもとに、佐藤直樹から電話がかかってきたのは、蒸し暑い九月の夕方だった。
「山田さん! 聞いてください、俺のところに、徳島の山村から手紙が来たんです」
「手紙、ですか。まさか、ファンレターとか」
「そんな洒落たもんじゃないですよ。
剣山の地元の方から、『契約の箱の謎を調べてほしい』って、真面目な依頼なんです」
「契約の箱……モーセの十戒が入ってるっていう、あれですか」
「そうそう、それです! 実は剣山には、昔からアークが隠されているっていう伝説があるらしくて」
山田は正直、気乗りしなかった。あの町での一件以来、この手の話には慎重になっていたからだ。だが、佐藤の次の一言が、山田の興味を引いた。
「それでね、俺、依頼を受ける前に色々調べてたんですけど、面白いことに気づいたんです。兵庫県の赤穂に、大避神社っていう神社があるんですが」
「大避神社?」
「ご祭神が、秦河勝っていう飛鳥時代の豪族なんですけどね。
この人を祀る『大避』っていう名前が、実は景教――昔の中国のキリスト教で使われてた、ダビデ王を意味する『大闢』の当て字じゃないか、っていう説があるらしいんです」
「ダビデ王、ですか」
「しかも、秦河勝は『鼻が高くて、西洋人みたいな顔をしていた』っていう伝承まであるんですよ。神社には『ヤスライの井戸』っていう井戸もあって、これも『イスラエル』が訛ったものじゃないかって言われてる」
山田は思わず、可児での日々を思い出していた。
三柱鳥居、位山、恵那山――そしてあの、一石誠二の言葉。
「佐藤さん。それ、可児の時と同じ構図じゃないですか」
「でしょう? だから、俺、山田さんと一緒に調べたいんです。剣山と、赤穂と。両方繋がってる気がして仕方ないんですよ」
電話の向こうで、佐藤の声は完全に興奮していた。
山田はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。ただし、今回は『事実』と『物語』を、きちんと分けて進めましょう。前回みたいに、佐藤さんのブログが先走らないように」
「うっ……それを言われると、耳が痛いですが、約束します」
二人がまず向かったのは、赤穂の大避神社だった。
瀬戸内海を望む坂越の入江に、静かに社殿が佇んでいる。
「思ったより、こぢんまりとした神社ですね」
山田が呟くと、宮司が奥から姿を現した。
「ようこそ。遠方からですか」
「実は、こちらのご祭神について、少し伺いたいことがありまして」
宮司は特に警戒する様子もなく、丁寧に由緒を説明してくれた。
秦河勝が蘇我入鹿の迫害を逃れてこの地に流れ着いたこと、坂越の船祭りが今もその伝承を再現していること――。
「あの、ダビデ王との関係については、どうお考えですか」
佐藤が踏み込んだ質問をすると、宮司は少し苦笑した。
「ああ、その話ですか。昔、そういう学説を唱えた先生がいらっしゃいましたが、正直、当社としては特にお答えする立場にはありません。ただ」
「ただ?」
「ヤスライの井戸のことを、わざわざ聞きにいらっしゃる方は、今でも時々おられますよ。海外から来られる方も」
その一言に、山田と佐藤は思わず顔を見合わせた。




