第13話「新しい影」
レイチェル・ミゲルとサロメ・ウリエルが可児に降り立ったのは、佐藤のブログのアクセス解析から数日後のことだった。
二人は一石たちのように大使館経由の「非公式訪問」という体裁すら取らなかった。旅行者を装い、レンタカーで静かに町に入り込んでくる。
「サロメ、まずは対象の生活パターンを把握する。目立った動きは控えて」
「了解。……この町、思ったより長閑ね」
サロメは車窓から流れる田園風景を眺めながら呟いた。だが、その口調とは裏腹に、彼女の目は既に、根古の家の位置、周辺の道路状況、逃走経路まで冷静に計算し始めていた。
工藤俊一は、宿の周辺で見慣れない二人の女性を見かけ、すぐに違和感を覚えた。
「秋月さん、あの二人組……。一石さんのチームとは、雰囲気が違います」
「ああ。あっちの方が、練度が高い。動きに無駄がない」
秋月の見立ては、長年の経験に基づく確かなものだった。工藤はすぐに、根古の家に電話を入れた。
「根古さん、念のため、今日はあまり外に出ない方がいいかもしれません」
「工藤くんまで、そんなに心配してくれるとは、わしも隅に置けないな」
軽口を叩く根古だったが、電話の向こうで、彼が窓の外を確認する気配が伝わってきた。
サロメ・ウリエルは、その日の午後、「観光客」を装って町の図書館を訪れていた。
目当ては、松平秀麿の家に伝わるという古文書の写しだった。
「すみません、郷土史のコーナーはどちらに?」
対応したのは、たまたまその場に居合わせた神主・松平本人だった。
「ああ、あちらですよ。何かお調べですか」
「位山と恵那山の伝承について、少し」
松平は特に警戒する様子もなく、資料の場所を教えた。
だがサロメが資料を読み込む横顔を、離れた場所からずっと観察している人物がいた。
佐藤直樹だった。
「(……あの人、資料の読み方が、素人のそれじゃないな。小説のネタになりそうだ)」
佐藤は持ち前の野次馬根性で、こっそりとサロメの様子をスマートフォンで撮影していた。
この軽率な行動が、後になって、思わぬ形で事態を動かすことになる。
(第14話へ続く)




