第5話『がんばる理由が、ひとつ増えた日』
部活の時間が近づいてきたので、私は練習着を手に持って更衣室へ向かった。
扉をそ〜っと開けると、すでに何人かの部員が着替えを終えて、鏡の前で髪を整えているところだった。
ロッカーを開けて、制服のボタンを外しながら――
ふと鏡に映る自分をチラッと見る。
窓からの光が髪に差し込んで、ほんのりキラキラしてて……なんかちょっとカッコいいかも?
よしっ、気持ち切り替えてっ。
「さて、と……」
制服を脱いで、
パパパッと部活ジャージに着替え完了っ☆
いつもやってるはずの動作なのに、なんだか背筋がピンって伸びる感じ。やっぱり、部活って始まる瞬間が一番ドキドキするんだよね〜。
よ〜し、最後にポニテ準備っ♪
髪ゴム、どこだどこだ〜〜っ!
長めの髪を両手で集めて、ぐっと上に持ち上げる。
ふわ〜って髪が揺れて、ちょっと気持ちいい♪
指先でゴムをくるくるっと巻いて、キュッと締めると――耳元にさらっと髪が落ちてきて、ちょっとだけゾクッとした。
ポニーテールにすると、視界が広がって、気持ちもシャキーン!
「深呼吸して……うん、今日もがんばろっ。」
鏡の中の自分に、そっと小さく笑いかけて――
それから、部室でラケットや水筒を準備して、ゆっくりテニスコートへ向かった。
すでに新しい部員たちが集まってて、ラケット片手にウォーミングアップ中!
みんなやる気まんまんだ〜っ。
コートに出ると、夕方の光がふわっと包み込んでいて、
空はうっすらオレンジ。
昼間の暑さもすっかり引いて、風が涼しくて気持ちいい〜。
ラリーしてる先輩たちを見ながら、私も自然と気が引き締まってきた。
練習が始まると、私はもう夢中でボールを追いかける、追いかける!
(テニス部、入ってよかったなぁ……)
正直、最初はちょっと迷ってた。
でもいまでは、部活が楽しすぎて仕方ないっ!
ボールを追いかけるのが本当に楽しくて、毎日が待ち遠しいくらい!
先輩たちと一緒に練習してるとね、
なんかこう――ふわ〜っと、前の人生のことが、よみがえりそうになる瞬間があるんだ。
……でも、まだぼんやりしてて、よくわかんないし。
誰にも言えてない、私だけの、ひみつっ。
そして――今日の練習試合。
相手は、なんと――高橋玲奈先輩!
試合が始まると、ひたすらボールを追いかけて、走る、走るっ!まるで前世でボールを追ってた犬みたいに――って、まんまじゃん!?
でもその感覚が、気持ちよくて、楽しくて。
気づけば、夢中でコートを駆け回ってた。
……だけど、最後の最後でミスしちゃって、負けちゃった〜〜〜!
「素敵な粘りでしたわ、犬神さん。
あんなふうに楽しそうにプレイされていると、見ているこちらまで気持ちがよくなりますわね」
嬉しくて、顔がじんわり熱くなる。
「今日の試合、本当に勉強になりました!
もっと練習頑張るので、またいつか挑戦させてくださいっ!」
「ええ、楽しみにしていますわ」
玲奈先輩は、やわらかく微笑んでくれて――
それだけで、背中を押された気がした。
*
部活が終わって、私は部室へ。
汗をかいたままだと、なんだかお肌がベタベタして気持ち悪いから、タオルでやさしくポンポン♪ それから制服に着替える準備っ!
部活ジャージを脱いで、制服のシャツを羽織ると――
ふぅ〜って汗が引いていくのがわかる。
鏡越しに髪の乱れも、手ぐしでそっと整えて……
よし、これで大丈夫っ。
ゴムをほどいてポニーテールを解くと、髪がふわっと広がって、ちょっと落ち着いた感じ♪
リボンをキュッと結んだら、よしっ、切り替え完了っ!
(ふぅ…今日もがんばったなぁ)
静かにドアを開けて――私は、ゆっくりと部室をあとにした。
テニスコートの横を通って、廊下へ出ると……
あっ――前から歩いてくるのは、長谷川信也先輩!?
「おっ、犬神じゃないか」
「長谷川先輩っ!」
長谷川先輩は高校三年生で、バスケ部のキャプテン。
クールで大人っぽいのに、すごく話しやすくて――ズルいくらい頼れる先輩!
「さっきの試合、すごかったな。ラリー、めっちゃ続いてたじゃん」
わ〜〜〜〜!?見てたの!?
うわぁ……照れる〜〜〜っ!!
「え、見てたんですか!?うわ、ありがとうございますっ!」
思いっきり笑顔でそう返した。
顔、ちょっと熱くなってたけど……っ!
先輩は、なんでも真剣に取り組む人で、
後輩のこともさりげなく気にかけてくれて――
私がすごく尊敬してる先輩のひとり!
「次も頑張れよ。応援してるからさ」
その一言で、胸の奥がじんわりあたたかくなって――
「よーしっ、もっと頑張っちゃうぞ〜!」って思えた。
学校の門を出て、いつもの下り坂を歩き出すと、
夕方のやさしい風がほっぺを撫でてくる。
空はほんのりオレンジで、街灯がぽつぽつ灯り始めてる。
「今日は、疲れたけど……すっごく充実してたなぁ〜♪」
独り言みたいに呟きながら、私は家までの帰り道を歩いていく。
住宅街はしんと静かで、どこからか夕飯のいい匂いが……あれ?お腹鳴りそう。
いつもの通学路をのんびり歩きながら、今日の出来事を頭の中でぐるぐる振り返る。
試合のこと、先輩の笑顔……うぅ〜、思い出すたびに顔が熱くなっちゃう〜〜!
家の近くまで来ると、ちょっと安心。
窓の向こうから家族の気配がして、ほっとする感じ。
玄関を開けると――
台所から、夕ごはんの匂いがふわっと流れてくる。
「ただいま〜っ!」
声をかけると、キッチンからママの声が返ってきた。
「おかえり、千陽。部活おつかれさま」
「ありがと〜!ちょっと着替えたら、ゲンキのお散歩行ってくるね!」
「ご飯の前には帰ってきなさいよ〜」
「うんっ、すぐ戻るー!」
自分の部屋に入りながら、制服のリボンをほどいて、クローゼットをゴソゴソ。お気に入りのカジュアルコーデに着替えて、髪をちょちょっと整えて、いざリビングへ!
玄関では、ゲンキがリードの前で「まだ〜?」って顔して待機中。しっぽをフリフリしてて……もう、かわいすぎかっ!
「はいはい、お待たせ〜!今日はいっぱい歩くよっ!」
ゲンキの頭をなでなでして、リードをしっかり握って、玄関のドアをオープン!
ゲンキは私の隣でテッテケ歩きながら、たま〜にこっちを見上げてくる。
そのたびに「なに〜?」って笑いかけると、しっぽぶんぶん振って満足そう。
まるで「ちゃんとついてきてる〜?」って確認してくれてるみたいで、もう愛おしさ爆発!!
「だいじょうぶだよ〜、ちゃんといるって♪」
ゲンキの背中をポンって軽く叩いて、歩くテンポを合わせる。
夕日に照らされたゲンキの毛並みが、ふわっと金色に輝いてて…… うん、ほんとに可愛い。尊い……。
そのとき、ふと思ったの。
――あのね、私……前世で犬だった頃の“ご主人様”の気持ち、ちょっとだけ分かった気がする。
そばにいてくれるだけでうれしくて、ただ一緒にいる時間があったかくて。
……たぶん、ご主人様も、私と同じ気持ちだったんじゃないかな。
だから、私もゲンキをもっともっと大切にしたいなって思う。
今日は、いつもより長めにお散歩しようっと♪
そんなことを思いながら、
私はそっと、ゲンキの頭を優しく撫でた。
そのぬくもりを、確かめるみたいに――




