第21話『星に願う夜』
それから日が経つにつれて、
みっちゃんの体は少しずつ思うように動かなくなっていった。
ある夜、病室の中。
みっちゃんは、
ぼんやりと窓の外を見てた。
「ちーちゃん……」
「どうしたの?」
「……私、サッカーやりたいよ……」
かすれた声が、小さく震えていた。
「まだ、やめたくない。
もっともっと、ボールを蹴りたいのに……なんで?」
きゅっと唇を噛みしめたまま、
みっちゃんの目に涙がにじむ。
それから、みっちゃんはゆっくりと私のほうを見た。
「どうして、わたしなの……?」
私は何も言えなかった。
ただ、そっと手を握り返すことしかできない。
みっちゃんは、また窓の外へ視線を戻す。
「星、きれい……」
ぽつんと、
みっちゃんがつぶやいた。
「夜になるとね、よく星を眺めるの。
あんなに遠いのに、ずっと輝いてる。
……わたしも、ずっとサッカーを続けられますようにって、お星さまにお願いしてるんだ」
私は、
そっとみっちゃんの横顔を見つめた。
「きっと――願いは叶うよ」
「……うん」
みっちゃんは、やさしく微笑んだ。
でも、その笑顔は……
どこか消えてしまいそうで。
しばらく星空を眺めていたみっちゃんが、
ふと、私のほうを向いて言った。
「ねぇ、ちーちゃん……」
「うん?」
「いつかさ……星の綺麗な場所に、一緒に見に行こうね」
びっくりして、私は思わず息をのむ。
みっちゃんは、遠くの星空を眺めながら、
静かに微笑んでいた。
「……うん! 絶対だよ!」
私も負けないくらいの笑顔で、力いっぱい頷く。
「約束ね」
みっちゃんが、小指をそっと差し出した。
「うん、約束!」
絡めた小指が離れたあと、
私はポケットの中から小さな袋を取り出した。
「これ、あげる」
「……なに?」
「犬神神社のお守り。わたし、お願いしてもらったの。みっちゃんが元気でいられますようにって」
みっちゃんは驚いた顔でお守りを受け取り、じーっと見つめる。
「ちーちゃん……」
「すごくご利益があるんだって! だから、これを持ってたら、きっと大丈夫!」
私は、めいっぱい笑ってみせた。
みっちゃんは、そっとお守りを握りしめる。
それから、涙をこらえるみたいに微笑んだ。
「ありがとう……ちーちゃん。大切にするね」
「うんっ!」
二人で笑い合った、あの夜——。
……今はただ、みっちゃんが少しでも安心してくれたら、それだけでよかった。
病室を出た私は、廊下の片隅で立ち止まった。
胸の奥が、締めつけられるみたいに痛む。
(お願いします……神様……)
病院の廊下の窓から見える夜空を、
私はじっと見上げていた。
星は、
何も知らないみたいに静かに瞬いていた。
祈るように何度も願う。
(みっちゃんは……
いつだって、誰より頑張ってたんだよ……!
だから……お願い、神様……!
サッカーを奪わないで……
もう一度……
あの子に、ボールを蹴らせてあげて……!)
祈るみたいに、
私は震える手を握りしめた。
でも——
どれだけ願っても、
現実は、そんな簡単には変わってくれなかった。
「……なんで……?」
ぽつりと零れた声が、静かな夜に溶けていく。
(なんで……
みっちゃんが……。
あんなに頑張ってたのに。
あんなに優しいのに。
どうして……
あの子が、こんな目に遭わなきゃいけないの?)
頬を伝う涙が止まらない。
それでも、泣き崩れないように、
私はぎゅっと唇を噛んだ。
(病気なんて……
なくなればいいのに……!
誰かが苦しむのなんて……
もう、見たくないよ……!)
何もできない自分が、悔しくてたまらなかった。
祈ることしかできない。
隣にいてあげることしかできない。
(……わたし……
こんなときくらい、
なにかしてあげたいのに……)
震える指先だけが、
どうしようもない気持ちを物語っていた。
……どれだけ願っても、現実はすぐには変わらない。
それでも、私は――あきらめたくなかった。
みっちゃんの笑顔を。
サッカーをしていた、あの楽しそうな姿を。
もう一度、
この目で見たい——。
そんな願いを抱えたまま、
今日も私は、みっちゃんの病室へ向かっていた。
最近のみっちゃんは、体調のいい日が少なくなっていた。
それでも、私が病室へ行くと、
みっちゃんはいつも笑ってくれる。
「ちーちゃん、おはよ」
「おはよう、みっちゃん。体調どう?」
「んー……ちょっとだるいけど、大丈夫」
そう言う声は、どこか弱々しくて。
私は、うまく笑い返せなかった。
「ねえ、ちーちゃん……今日も星、見えるかな」
「うん、今日は空が晴れてるし、きっと綺麗に見えるよ。
……今度、一緒に見に行くって約束したもんね」
「うん……」
みっちゃんが小さく微笑んだ。
……次の瞬間。
突然、
みっちゃんの呼吸が乱れた。
「みっちゃん……?」
私は慌てて、みっちゃんの顔をのぞきこんだ。
みっちゃんの表情が苦しそうに歪む。
震える指先。
浅く乱れた呼吸。
「ちー……ちゃん……」
かすれた声が、
途切れそうに漏れる。
ふいに、みっちゃんの体から力が抜けた。
ぐったりと、ベッドへ沈みこんでいく。
「えっ……? みっちゃん!? みっちゃん!!」
何が起きてるのか、わからなかった。
それでも私は、必死にみっちゃんの肩を揺する。
みっちゃんの瞳は、少しずつ焦点を失っていって。
ゆっくり閉じかけていく。
「ダメだよっ! 目、開けて!!」
震える手で、ナースコールを押した。
廊下の向こうから、看護師さんたちが駆けてくる。
「先生を呼んで!」
「酸素、急いで!」
慌ただしい声が、病室に飛び交った。
「みっちゃんっ! お願い、返事してよ!!」
私は、必死にその手を握り続けた。
みっちゃんの手から、少しずつ力が抜けていく。
——その瞬間。
頭の中に、
みっちゃんとの思い出が、走馬灯みたいに溢れ出した。
——「ちーちゃん、ユキだよ! かわいいでしょ!」
——「一緒にサッカーしようよ! ちーちゃん、意外と上手いじゃん!」
——「ねぇ、ちーちゃん……いつか、星の綺麗な場所に、一緒に見に行こうね」
楽しかった日々。
笑い合った時間。
なんでもない、
当たり前みたいな毎日。
いっぱい笑って、
何度も「また明日」って言い合って——
それなのに。
「みっちゃん……行かないで……!!」
涙が、
一気にあふれ出した。
「お願い……神様……!
みっちゃんを、助けて……!!」
お医者さんたちが、慌ただしく処置を始める。
機械の警告音と、飛び交う声が、
何度も病室に響いていた。
気づけば、私はその場へ崩れ落ちていた。
「なんで……
なんでなの……!」
どうして——
どうして、
こんなことになるの……?
……。
…………。




