第22話『守りたいもの』
——気づけば、
私は病室に立っていた。
静かに響く機械の音。
一定のリズムで、トン……トン……って。
(……あれ?)
白いカーテンに、点滴のスタンド。
そして……ベッドの上で眠ってる、みっちゃんの姿。
——そうだ。
これは、もう過去の記憶じゃない。
(うん、ちょっと思い込みすぎてたかも。
深呼吸、深呼吸……!)
ここは現実。
戻れない時間に、知らないうちに縛られていた自分へ、
私は静かに言い聞かせる。
病室は、時間が止まったみたいに静かだった。
窓の外には青い空が広がってるのに、この部屋だけ別の世界みたい。
私は、ベッドのそばに立って、ぐっすり眠ってるみっちゃんの顔を見つめた。
(あの時、命は助かったんだよね。でも……意識は、まだ戻ってこないまま)
機械のモニターが、まるで命のリズムみたいに動いてる。
みっちゃんは、穏やかな顔で眠っていた。
本当に、ただ眠ってるだけみたいなのに。
どれだけ声をかけても、
もう笑って返してくれることはない。
「ねえ、みっちゃん……」
そっと、彼女の手を握ってみる。
——でも、その手は別の世界にいるみたいに、
かすかに温かいだけだった。
「ずっと、願ってるんだよ。
みっちゃんがまた元気になりますように——って」
私は、こうして時々お見舞いに来る。
常盤町までの移動はちょっと大変だけど、それでも時間を見つけて、みっちゃんのそばにいたい。
どれくらい、こうしてたんだろう。
——そのとき。
扉が静かに開いて、聞き慣れた声が病室に響いた。
「……やあ、千陽ちゃん」
私は顔を上げて、ゆっくり振り返る。
そこに立ってたのは——森本さんだった。
「こんにちは、みっちゃんのお父さん」
落ち着いた表情で、静かに室内に入ってくる森本さん。優しい微笑みを浮かべて、光希のそばに立った。
「変わりは……ない、か」
そう言いながら、彼はそっと光希の髪を撫でた。
「……ええ。時々、お見舞いに来てるんですけど……」
森本さん——みっちゃんのお父さん。
私は小さい頃から知ってる人。
家族ぐるみの付き合いもあって、みっちゃんの家にもよく遊びに行ってた。
日向町でも、よく会うんだ。
新居田さんや大泉住職とも仲が良くて、サッカーの話になるとすっごく楽しそうに語る人。
でも……こうして病室で会うと、なんだか違って見えた。
森本さんは、じっとみっちゃんの顔を見つめたまま、
ふうっと静かに息を吐いた。
「千陽ちゃん、ありがとうね。こうして、時々光希のそばにいてくれて」
「……そんなの、当たり前です。
だって、みっちゃんは私の一番の親友だから」
言いながら、胸の奥がじんわり熱くなる。
なんだろう、この気持ち。
森本さんは、みっちゃんの手をそっと握ると、
少し目を閉じた。
「光希は、ちゃんと感じてるはずだ。……千陽ちゃんの想いを」
その言葉に、私は思わずみっちゃんの顔を見つめ直した。
みっちゃん——
また、笑ってくれるよね……?
――そう願いながら、
私は病室をあとにしようとした。
「ありがとう、千陽ちゃん」
森本さんが、やさしく声をかけてくれる。
私はぎこちなく笑って、
「……また来ますねっ」
そう言って、小さく手を振った。
病院を出るころには、
空がやさしい夕焼けに染まっていた。
* * *
夕方、自宅に戻ると、
ふいに静かなピアノの音が耳に届いた。
さとしの部屋から流れてくる旋律は、
穏やかで、少しだけ切ない。
病室で抱えていた重たい気持ちが、ふわりと軽くなっていく気がした。
「……さとし?」
私はそっと、部屋の扉を開ける。
さとしは鍵盤に指を滑らせながら、にこっと笑った。
「おかえり、お姉ちゃん。
光希お姉ちゃんのところ、行ってたんだね」
「うん……」
さとしは一度演奏を止めると、まっすぐ私を見つめた。
「大丈夫だよ。
光希お姉ちゃん、絶対また元気になるよ!」
その言葉に、私は思わず息をのむ。
「……そうだね」
まっすぐで、迷いのない声だった。
その言葉が、
揺れかけていた私の心を、そっと支えてくれる。
私は——
もう、泣かないって決めたんだ。
何度も泣いた。
何度も立ち止まりそうになった。
それでも、もう下を向いてばかりはいられない。
みっちゃんのために、私は強くなる。
みっちゃんが、また帰ってこられる場所を守るために。
もう、これ以上悲しみを増やしたくない。
誰も、失いたくない。
だから——
私は決めたんだ。
日向町の“災厄”から、絶対にみんなを守るって。
私にできることがあるなら、全部やる。
どんなに苦しくても、全部受け止めてみせる。
さとしの奏でるピアノの音が、
そんな私の決意を包み込むみたいに――
夕暮れの空へ、
静かに溶けていった。
第六章へつづく——。




