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『犬神物語』〜転生少女と不思議な絆〜 《改稿版》  作者: 犬神 匠
第五章 命の輝き

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第22話『守りたいもの』

——気づけば、

私は病室に立っていた。


静かに響く機械の音。

一定のリズムで、トン……トン……って。


(……あれ?)


白いカーテンに、点滴のスタンド。

そして……ベッドの上で眠ってる、みっちゃんの姿。


——そうだ。


これは、もう過去の記憶じゃない。


(うん、ちょっと思い込みすぎてたかも。

深呼吸、深呼吸……!)


ここは現実。


戻れない時間に、知らないうちに縛られていた自分へ、

私は静かに言い聞かせる。


病室は、時間が止まったみたいに静かだった。

窓の外には青い空が広がってるのに、この部屋だけ別の世界みたい。


私は、ベッドのそばに立って、ぐっすり眠ってるみっちゃんの顔を見つめた。


(あの時、命は助かったんだよね。でも……意識は、まだ戻ってこないまま)


機械のモニターが、まるで命のリズムみたいに動いてる。


みっちゃんは、穏やかな顔で眠っていた。


本当に、ただ眠ってるだけみたいなのに。

どれだけ声をかけても、

もう笑って返してくれることはない。


「ねえ、みっちゃん……」


そっと、彼女の手を握ってみる。


——でも、その手は別の世界にいるみたいに、

かすかに温かいだけだった。


「ずっと、願ってるんだよ。

みっちゃんがまた元気になりますように——って」


私は、こうして時々お見舞いに来る。

常盤町までの移動はちょっと大変だけど、それでも時間を見つけて、みっちゃんのそばにいたい。


どれくらい、こうしてたんだろう。


——そのとき。


扉が静かに開いて、聞き慣れた声が病室に響いた。


「……やあ、千陽ちゃん」


私は顔を上げて、ゆっくり振り返る。

そこに立ってたのは——森本さんだった。


「こんにちは、みっちゃんのお父さん」


落ち着いた表情で、静かに室内に入ってくる森本さん。優しい微笑みを浮かべて、光希のそばに立った。


「変わりは……ない、か」


そう言いながら、彼はそっと光希の髪を撫でた。


「……ええ。時々、お見舞いに来てるんですけど……」


森本さん——みっちゃんのお父さん。

私は小さい頃から知ってる人。

家族ぐるみの付き合いもあって、みっちゃんの家にもよく遊びに行ってた。


日向町でも、よく会うんだ。

新居田さんや大泉住職とも仲が良くて、サッカーの話になるとすっごく楽しそうに語る人。

でも……こうして病室で会うと、なんだか違って見えた。


森本さんは、じっとみっちゃんの顔を見つめたまま、

ふうっと静かに息を吐いた。


「千陽ちゃん、ありがとうね。こうして、時々光希のそばにいてくれて」


「……そんなの、当たり前です。

だって、みっちゃんは私の一番の親友だから」


言いながら、胸の奥がじんわり熱くなる。

なんだろう、この気持ち。


森本さんは、みっちゃんの手をそっと握ると、

少し目を閉じた。


「光希は、ちゃんと感じてるはずだ。……千陽ちゃんの想いを」


その言葉に、私は思わずみっちゃんの顔を見つめ直した。


みっちゃん——

また、笑ってくれるよね……?


――そう願いながら、

私は病室をあとにしようとした。


「ありがとう、千陽ちゃん」


森本さんが、やさしく声をかけてくれる。


私はぎこちなく笑って、


「……また来ますねっ」


そう言って、小さく手を振った。


病院を出るころには、

空がやさしい夕焼けに染まっていた。


* * *


夕方、自宅に戻ると、

ふいに静かなピアノの音が耳に届いた。


さとしの部屋から流れてくる旋律は、

穏やかで、少しだけ切ない。


病室で抱えていた重たい気持ちが、ふわりと軽くなっていく気がした。


「……さとし?」


私はそっと、部屋の扉を開ける。


さとしは鍵盤に指を滑らせながら、にこっと笑った。


「おかえり、お姉ちゃん。

光希お姉ちゃんのところ、行ってたんだね」


「うん……」


さとしは一度演奏を止めると、まっすぐ私を見つめた。


「大丈夫だよ。

光希お姉ちゃん、絶対また元気になるよ!」


その言葉に、私は思わず息をのむ。


「……そうだね」


まっすぐで、迷いのない声だった。


その言葉が、

揺れかけていた私の心を、そっと支えてくれる。


私は——

もう、泣かないって決めたんだ。


何度も泣いた。

何度も立ち止まりそうになった。

それでも、もう下を向いてばかりはいられない。


みっちゃんのために、私は強くなる。


みっちゃんが、また帰ってこられる場所を守るために。

もう、これ以上悲しみを増やしたくない。


誰も、失いたくない。


だから——

私は決めたんだ。


日向町の“災厄”から、絶対にみんなを守るって。


私にできることがあるなら、全部やる。


どんなに苦しくても、全部受け止めてみせる。


さとしの奏でるピアノの音が、

そんな私の決意を包み込むみたいに――


夕暮れの空へ、

静かに溶けていった。



第六章へつづく——。

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