第16話『常盤町行きの車窓から』
前回までのあらすじ(第四章)
〜語り手:犬神愛衣より〜
日向町では最近、学校の七不思議や、
犬神神社に現れる“白い影”の噂が広がっていました。
でも、その白い影の正体は――
ずっと犬神千陽ちゃんを見守っていた、白き神狼・シロだったのです。
ふわりと夜風が吹くたび、
愛衣のしっぽも、なんだか落ち着かなく揺れてしまいます。
だってチハルちゃんは、
日向町へ迫る災厄を止めるため、
“第一の試練”へ踏み込むことになったのですから。
夢幻封界で待っていたのは、
神域を守る、白の幻狼。
怖くて、震えて、
それでもヒカリちゃんと一緒に前へ進んだチハルちゃんは、ついに“第一の結びの印”を繋ぐことに成功しました。
そして――
犬神の首輪は、白銀の指輪へ。
シロは静かに告げます。
「試練は、まだ終わっておらぬ」と。
その言葉が、まるで次の運命を呼ぶみたいに、
夜の空へ静かに溶けていって――。
試練を終えたチハルちゃんはある日、
電車に揺られながら、日向町から少し離れた“常盤町”へ向かうことになるのでした。
* * *
五月に入り、空気が少しずつ夏の気配を帯び始めてきた。ふわっと鼻をくすぐる風も、なんだかちょっと夏っぽい。
電車の中、揺れる景色をぼーっと眺めながら、私は小さく息を吐いた。
窓の外には、新緑がまぶしい木々が並んでて、田園風景の中に、ちょっぴり夏の香りを運んでくる風が吹き抜けていくのが見える。
車内は静かで、まばらな乗客たちはそれぞれの時間を過ごしてる。窓の外の景色はどんどん町から遠ざかっていって、アナウンスの声もなんだか遠くに聞こえて——。
まるで、わたしだけが別の世界に取り残されたみたいな、不思議な感覚だった。
(ちゃんと“結びの印”を繋いだはずなのに……なんだろ、この引っかかる感じ)
先日、わたしは日向町を守るために、“最初の結びの印”を繋いだ。
夢幻封界での戦い。
白の幻狼。
そして、白銀の指輪――。
ちゃんと乗り越えたはずなのに、胸の奥にはまだ小さな違和感が残っている。
うまく言えないけど、
全部が解決したっていうよりは……“とりあえず繋ぎ止めた”だけみたいな、そんな感覚だった。
(……でも、本当に私なんかで日向町を救えるの?)
胸が、きゅっと締めつけられる。
私は、ただの高校二年生――たぶん、ね。
たしかに、この指輪はわたしの右手に残ってるし、夢幻封界では犬の姿になれたり、現実でもシロと“心で話す”みたいなことができたりする。
それに――前世で犬だった頃の記憶が、ほんの少しだけ。
ふっと頭をよぎることもあった。
でも、それでも。
自分が“特別な存在”だなんて、まだうまく信じきれない。
力があるからって、自信があるとは限らない。
……むしろ、ない。ぜんぜん……ないよ。
(やっぱ、無理なんじゃ……)
『フッ……貴様の勘も、少しは鋭くなってきたようだな』
突然、頭の中に響いてきたのは、もうおなじみ(?)のシロの声。
(シロ……今は静かにしててよ)
『静寂こそ、我が力を高める……などと言うと思ったか? 貴様が考え込んでいる時こそ、我が助言が必要なのだ』
はぁ……。ため息が出ちゃう。
(……“結びの印”を繋いだけど、それだけで災厄って防げるの?)
『それは分からん。“結びの印”もまた、時の流れとともに力を失っていくものだ。本質的な解決には、残る三つの印を探し出し、すべてを繋ぐ必要がある』
「やっぱり……簡単じゃないよね」
私は右手に視線を落とし、犬神の指輪をそっと指先でなぞった。
最初の“結びの印”を繋いだあの日。
犬神の首輪は、この白銀の指輪へと姿を変えた。
これが――わたしに託された運命の証。
……なのかな。
『ヒカリもまた、“結びの印”の手がかりを探しているようだ。まだ場所までは掴めておらぬが、日向町の歴史を辿りながら、痕跡を追っている』
(ヒカリが……?)
『そうだ。あやつは夢幻封界で見た記憶を辿り、過去の記録や土地に残る気配を調べている。まだ断定はできぬが、次なる印の場所も、いずれ見えてくるだろう』
(……ねえ、シロ。ヒカリって、いったい何者なの?)
『フッ……それを知りたければ、すべての試練を繋ぐことだ』
(……全部の試練を乗り越えたら、ヒカリのことも、わたしが選ばれた理由も分かるの?)
『いずれ、貴様も“その場所”へ辿り着くことになる。今は深く考えるな。時が満ちれば、答えは自然と姿を現す』
(……結局、わたしにできることって、何なんだろ)
『それまでに、しっかりと休息を取っておくのだ』
(……なんか、シロって意外と優しいとこあるんだね)
『フッ、当然だ。我は冥府の深淵を知る者……命運を導く賢者……ゆえに、選ばれし貴様には至福の休息を授けるのだ……』
――シロの中二病ボイス(心の中)に、思わず私の頭の中もツッコミ全開!
「いや、ただの『休め』って言ってるだけでしょ!? なんでそんなに壮大な言い方になるの!?」
……って、うわっ、声に出しちゃったーっ!?!?
ぱっと顔を上げた瞬間、近くのお客さんがちらちらこっちを見ていた。
……えっ。
ちょ、うそっ!?
今の聞こえてた!?
私、ひとりでブツブツ言いながらツッコんでる人になってるんだけど〜〜っ!?
顔がじわ〜って熱くなって、思わず持ってたショルダーバッグを、胸元までひょいっと持ち上げて顔の半分を隠しちゃった。
……うぅ、こんなときに限って、お気に入りのレース付きバッグなのが余計に目立つ〜〜っ!!
チラッとまわりをうかがって……
誰も深く気にしてなさそうなのを確認して、こっそり深呼吸。
……よし。平常心、平常心〜〜っ!
そう心の中で念じ、窓の外に目を向け流れていく景色を見ながら、気持ちを切り替える。
そして私は、そっと背筋を伸ばして、これからのことを静かに考えはじめた。
今日、私が向かうのは常盤町。動物愛護センターを訪れて、何かを学ぶため。そして——。
(今日は、みっちゃんに会いに行く日だ)
電車の窓に映る自分の顔は、
思っていたより少し寂しそうだった。
私はそっとスマホを取り出して、無意識に画面を開いた。
光希とのメッセージが、そこにそのまま残ってる。
『次の試合、絶対勝とうね!』
『ちーちゃん、今日の練習頑張ったね!また明日!』
「……また、明日――か。」
ぽつりとつぶやいて、スマホをそっと閉じる。
叶わなかった約束。
画面の向こうの光希だけが、
あの頃のまま、そこにいた。
胸が、チクリと痛む。
私はまた窓の外へと視線を向けた。
(みっちゃん、私は……今でもちゃんと、覚えてるよ——)




