第14話『夢幻封界と白の幻狼』
「……で、この祠の中に入るにはどうすればいいの?」
思わずそう聞いてしまった私に、
シロはふんっと鼻を鳴らして、どこか偉そうに目を閉じた。
……と思ったら次の瞬間。
透き通った蒼い瞳が、びしっとこっちを見据えてきた。
《犬神千陽よ、試練の門を開くには、貴様の“誓い”が必要だ》
「誓い……?」
《この試練へ踏み込む覚悟を示せ。
それが、門を開く鍵となる》
……相変わらず言い方は大げさだけど、
今までとは少し空気が違った。
シロがズン、と一歩踏み出す。
足元から、淡い光の波紋がふわりと広がった。
まるで導かれるみたいに、私はそっと祠へ手を伸ばす。
指先が触れると――。
祠が、ほんのり光を帯びた。
ゆらりと、空間そのものが揺れる。
祠の前に、光の扉が静かに浮かび上がった。
「うわぁぁっ!?
なんかすごいの出てきたぁ〜っ!!」
扉の向こうでは、黒紫の靄がゆっくり渦を巻き、その奥で淡い光が瞬いていた。
なんかもう、完全に異世界の入口なんだけど〜っ!?
「これが……試練の門……?」
ヒカリがすっと近づいてきて、私の手をそっと握ってくれた。その手が、すごくあったかい。
「犬神さん、この扉はあなたの意志で開くものよ。
覚悟があるなら……扉に触れて、誓いを立てて」
覚悟、かぁ……。
私は一歩前へ踏み出し、そっと扉へ指先を触れた。
黒紫の靄が、扉の奥でゆらりと揺れる。
次の瞬間、
淡い光が波紋みたいに広がって、身体の奥がふわっと熱を帯びた。
「もうここまで来たら、
異世界でも首輪でもどーんと来いだよ〜っ!!
こうなったら――最後まで突っ走るしかないっ!」
しーん……。
……あれ?
ちょっとだけ恥ずかしくなって、
私はごほん、と咳払いした。
「……よしっ!
私は――この試練、ちゃんと乗り越えてみせる!」
静かな光が、扉の表面をゆっくり走る。
扉の奥で、黒紫の靄がぐるりと渦を巻いた。
「……なに、これ……」
その奥では、淡い光がゆらゆら揺れている。
まるで夢の中みたい……。
「うわっ……なにこの空間!?」
――ぐいっ。
扉の奥から、何かに引っぱられるような感覚が走った。
「ちょっ――!?」
身体がふわりと浮き上がる。
景色がぐるん、と回転する。
黒紫の靄と淡い光が、一気に視界を飲み込んだ。
そのまま、
私は扉の奥へ吸い込まれていく――。
上下も左右も分からない。
暗闇の中を落ちているのか、
それとも漂っているのか――。
感覚そのものが、
少しずつ曖昧になっていった。
「わ、わわっ――!?」
次の瞬間。
どすっ。
柔らかい地面に、私は前のめりに突っ込んだ。
「いたたた……っ」
周りを見渡すと、辺りには紫がかった霧が漂っていた。
石畳の輪郭は、水の中みたいにゆらゆら揺れている。
並ぶ灯籠には、青白い火だけが静かに灯っていた。
空を見上げると、そこに浮かんでいたのは――朱色の月。
不気味なくらい大きなその月が、森と参道をぼんやり照らしている。
なのに――静かすぎる。
生き物の気配が、ひとつもない。
草や土の匂いだけが、妙にはっきり鼻に届く。
「……えっ、なにここ……
ほんとに異世界来ちゃったの……?」
思わず声が漏れる。
慌てて起き上がろうとして、そこで違和感に気づく。
視線が、やたら低い。
身体が軽い。
それに、耳のあたりが妙にむずむずする。
「……え?」
そのとき。
足元の浅い水たまりに、見慣れた犬の姿が映った。
茶色と白の毛並み。
ぴんっと立った耳。
ころんとした丸い目。
それは――
いつも一緒にいる、ゲンキそのものだった。
「えぇぇぇぇっ!?!?」
思わず水面を覗き込む。
ぱちぱち瞬きすると、
水たまりの中の“ゲンキ”も同じように瞬きを返してくる。
「うそっ……なんで!?
えっ、なんで私、ゲンキになってるのーっ!?」
思わず叫んだ――はずなのに。
「ワンっ!? ……じゃなくて……え、今の……しゃべった!? わたし、しゃべれてる!?!?」
耳が勝手にぴくぴく動くし、
しっぽまでぶんっと揺れちゃうしっ!?
しかも、あの首輪……ちゃんと私の首にカチッてハマってる〜〜っ!?!?
異世界の中なのに……声が出せる。言葉が通じる。
――だけど、だからこそ、この異変は現実なんだ。
「ま、まさか……この世界じゃ私、犬になる仕様なの!?」
パニックになりかけたその時、前に現れたのは――シロ。でも、なんか雰囲気がいつもと違う。
「やっと来たのね、犬神さん」
えっ、シロが喋った!? いや、ヒカリの声だし!
「ヒカリー!? って、どゆこと!? シロが喋ったの!? ヒカリの声で!?」
「ここでは、私はシロの体を借りているの。
だから、こうしてあなたに話しかけられるのよ」
「えぇぇ……!?
ていうか、私が犬になってることも説明してなかったじゃん〜っ!」
ヒカリ――いや、シロの姿をした彼女は、
どこか楽しそうにくすっと笑った。
「普通の人間なら、ここでは人魂みたいな姿になるの」
「ひ、人魂っ!?」
「でも犬神さんは違う」
ヒカリは、
私の首元の首輪をそっと見つめた。
「あなたは“犬神の継承者”だから。
まだ力は完全に目覚めていないけれど……
今は、最も繋がりの強い存在――ゲンキの姿を借りて、この場所にいるのよ」
「それがこの領域のルール。
さあ、覚悟を決めて——試練が始まるわ」
「ふえぇ……でもやるしかないんだよね……」
《犬神千陽よ。
貴様が今いるのは、“夢幻封界”――
選ばれし者のみが踏み入ることを許される、試練の舞台だ》
「今の誰!? どっからしゃべったの!?」
《夢幻封界においては、肉体の言葉など無意味に等しい。
魂と魂が共鳴することでのみ、貴様の想念は届くのだ》
「ううぅ……便利だけど混乱するーっ!」
《そして魂は、己が本質を隠すことを許されぬ。
原初の姿を映し出し、その証として獣の形を宿す――》
「要するに……犬じゃないとダメってこと!?」
《そういうことだ、犬神千陽よ……さあ、この封界の理を受け入れ、試練へと進むがよい……!》
ヒカリと視線を交わす。
彼女も犬の姿になっているのに、
その瞳だけは不思議なくらい落ち着いていた。
「そういえばヒカリって、どうして首輪つけてないのに、夢幻封界に入れるの?」
「……あなたと繋がったからよ」
「え?」
ヒカリは静かに、自分の前足へ視線を落とした。
「握手したでしょう?
あの時、私もあなたとリンクしたの。
だから、ここに来られた。
……ただし、犬の姿じゃないと無理みたいだけどね」
「ぐぬぬ……私だけなんか損してる気がするけど、仕方ないっ!」
そう言いながら、私は覚悟を決めて一歩前へ踏み出した。ヒカリも静かに並ぶ。
紫がかった霧の向こうに、大きな鳥居がぼんやり浮かび上がっていた。
その奥には、石段と参道――そして、古びた神社が見えている。
「……あれ?」
思わず足が止まる。
崩れかけた灯籠。
古びた石畳。
森に囲まれた社殿。
見覚えがあった。
「ここ……犬神神社に、すごく似てる……?」
でも、私が知っている犬神神社とは違った。
鳥居も、石段も、社殿も――まるで別格みたいに巨大だった。
隣で、ヒカリが静かに目を細めた。
「……気づいたのね」
「え……?」
ヒカリは朱色の月を見上げながら、静かに言う。
「ここは、
犬神神社に眠る“もうひとつの姿”――」
その言葉に、
言いようのない違和感が、身体の奥を静かに這っていく。
鳥居をくぐった瞬間、空気がさらに重く変わる。
石段を上るたび、耳の奥でざわざわと何かが響いた。
ヒカリは何も言わない。
ただ、私の少し前を静かに歩いている。
その背中を追いかけながら、私はごくりと息を飲み込んだ。
この場所そのものが、私たちを見つめているみたいで――背筋がぞくりと震える。
やがて、霧の向こうに広い境内が姿を現した。
境内は、夢みたいに輪郭が揺らいでいる。
崩れかけた社殿。
朱色の月に照らされた御神木。
そして、その中央。
——ゴォォォ……。
低い唸り声が響いた瞬間、空気が震える。
霧の向こうから、
巨大な白い影がゆっくり姿を現した。
まっしろな巨大な狼。
鋭い金色の瞳がこちらを見据えていて、毛並みは風にたなびき、ただそこに“在る”だけで、空間そのものが緊張に包まれる。
『我が名は白の幻狼――この神域を守護する者なり』
静かに告げられたその言葉は、空間の奥底まで響くようだった。
私は――その場で、ぺたんっと尻もちをついた。
足が勝手にぷるぷる震えてる……っ!
「で、でたぁぁぁぁぁっ!!」
目、めちゃくちゃキラキラしてるし!
牙ピカッてしてるし!
なんかもう、“伝説の神獣です”みたいなオーラ出てるし!!
……って、違う違う違うっ!
見とれてる場合じゃない〜っ!!
私はじりっ、じりっと後ずさる。
狼は一歩も動いてないのに、存在感だけで圧がすごい。
「ムリムリムリムリ!!
なにあれ!? 絶対ラスボスじゃんっ!!」
声が見事に裏返った。
喉はからっから。
しっぽは完全にボンッて膨らんでる。
「……ええ。
あれが、この試練の守護者よ」
ヒカリが静かに言う。
「結界を繋ぎ直すには、あの守護者に認められなきゃいけない。
試練を越えた者だけが、“結びの印”を授かることができるの」
《この神域を守りし白の幻狼――。
貴様の魂が真に犬神の継承者たるか、その牙によって試されるのだ》
「いや待って待って待って!?あんなのと戦うの!?
聞いてないんだけどーーっ!?」
柴犬姿のまま、私はキャンキャン鳴きながら後退する。
――がっ。
「わふっ!?」
前足がもつれた。
そのまま、ころーんっ! と見事にひっくり返る。
「きゃんっ!?」
《恐れるな、犬神千陽。
貴様の魂には、すでに犬神の力が刻まれている》
頭の奥へ、静かに響く声が届いた。
(……えっ、シロ!?)
《その肉体もまた、試練を越えるために強化されし器――。貴様は、ただ己の本能を解き放てばよいのだ》
その声は静かで、だけど確信に満ちていて――
バクバクしていた鼓動が、少しだけ落ち着いた。
そして、私の前にすっと立ちはだかった、もう一匹の白い犬――ヒカリの姿。
「……大丈夫。私がいるわ」
静かで落ち着いた声。
姿は犬になっているのに、その声を聞くだけで不思議と安心した。
「怖いのは当然。でも……背を向ける理由にはならない。
行くわよ、犬神さん。私と一緒に――!」
《恐れを越え、互いの魂を信じるのだ――。
犬神の魂が並び立つとき、真の力は再びこの地に顕現する》
シロの心の声が、もう一度ふわりと降りてくる。
私は四つ足のまま、ぐっと前足に力を込めた。
「よ、よーし……やってやるっ! 行くよ、ヒカリ!」
「ええ。並んで、前へ」
二匹の犬が、並んで一歩を踏み出す。
それは、ただの戦いじゃない――
“はじまりの一歩”だった。
白の幻狼がその場に重く一歩を踏み出し、低く響く声で告げた。
『ここは試練の神域――。
その牙、その魂、その覚悟――。
すべて見極めさせてもらおう。
お前たちが、“神域を支える継承者”に足る存在かを』
——シュウゥゥ……。
まるで音そのものが吸い込まれるように、
あたりが不自然な静寂に包まれた。
その瞬間。
白の幻狼の足元から、黒紫の霧がじわりと広がり始める。
霧は生き物みたいに境内を這い、灯籠の青白い火さえ、
ひとつ、またひとつと飲み込んでいく。
「……え?」
気づけば、視界の輪郭がぼやけ始めていた。
ヒカリの姿さえ、霧の向こうへ溶けていく。
「ヒカリ……そっち、見える?」
「……いいえ、何も……」
目を開いているはずなのに、何ひとつ見えない。
周囲の気配は感じる。
なのに、視界だけが完全に閉ざされていた。
空間そのものが、深い闇へ塗り潰されていく。
『これで見えるものは何もない――。
お前たちの“本能”を試そう』
低く響く声と同時に、境内からすべての光が消えた。
「どこにいるの……!?」
思わず声を上げる。
なのに、周囲からは何の気配も感じられなかった。
まるで空間そのものに、気配が溶け込んでしまったみたいだった。
その時――。
暗闇の奥から、鋭い風切り音が響いた。
「っ――!」
気づいた瞬間にはもう遅い。
白の幻狼の気配が、凄まじい速さで私たちへ迫っていた。
「危ない!」
ヒカリの声が響く。
私は反射的に地面を蹴り、とっさに身をかわす。
――ザシュッ!!
すぐ横を、鋭い爪が風を裂きながら通り抜けた。
「ひゃっ……!?」
あ、危なかったぁぁ……っ!
鼓動がうるさいくらい跳ねている。
「大丈夫。
視えないなら、他の感覚を使えばいい――」
ヒカリの声が響く。
その耳が、わずかな音を拾うみたいにぴくりと動いた。
――そうだ。
視覚が頼れないなら、残された感覚を使うしかない。
私は耳をそばだて、微かな音へ意識を集中させる。
——ザッ。
遠くで、砂利を踏む小さな音がした。
「……いた!!」
同時に、ヒカリが鼻をひくりと動かす。
「この匂い……この幻狼はそこね」
二人の意識が重なった瞬間、
私たちは迷いなく地面を蹴った。
白の幻狼が低く唸る。
闇の奥で、金色の瞳が鋭くこちらを捉えた。
――ゴォォォッ!!
咆哮と同時に、凄まじい衝撃波が境内を駆け抜ける。
「きゃうっ!?」
私は思わず石畳を滑った。
前足がぐらつく。
でも――。
ヒカリだけは止まらない。
白い毛並みをなびかせながら、一直線に幻狼へ駆け抜けていく。
「犬神さん、今よ!」
「う、うんっ!!」
私は勢いよく地面を蹴った。
幻狼の正面へ飛び込み、わざと大きく右へ跳ぶ。
その動きに反応して、幻狼の鋭い爪が私を追った。
――でも、それが狙いだった。
「ヒカリっ!!」
「ええっ!」
幻狼の死角へ回り込んだヒカリが、一気に間合いを詰める。
鋭い爪が閃いた。
しかし、白の幻狼も咄嗟に身をひねる。
「っ……!」
浅い――!
そう思った瞬間。
私は全力で地面を蹴り、そのまま幻狼へ体当たりした。
「私が押さえるっ!!」
どんっ!!衝撃が走る。
幻狼の身体がわずかによろめいた。
その一瞬を、ヒカリは見逃さない。
金色の瞳を真っ直ぐ見据えたまま、ヒカリが静かに踏み込む。
その動きは、まるで風が流れるみたいに滑らかだった。
「――月閃」
白銀の爪が、月光を裂く。
――その刹那。
揺らいでいた夢幻封界の景色が、一瞬だけ静止した。
大型の幻狼を前にしているはずなのに、
ヒカリの動きには、迷いも恐れもひとつもない。
白い毛並みをなびかせながら、
流れるように駆け抜けるその姿は――
夜空を横切る、一筋の月光みたいに綺麗で。
その光景が、
強く目に焼きついて離れなかった。
鋭い軌道が、真っ直ぐ幻狼の首元を捉える。
白銀の光が、境内いっぱいに弾けた。
二人の動きが、完全に重なった瞬間だった。
白の幻狼の姿が、霧みたいにゆらりと揺らぐ。
『――よかろう。
その魂、確かに見届けた』
やがて、その巨大な身体は白い光の粒となって、
静かに霧の中へ溶けていった。
静寂が戻る。
私はその場へへたり込みながら、荒い息を吐いた。
「はぁっ……はぁっ……か、勝ったの……?」
自分でもまだ信じられない。
でも身体の奥には、まだ確かな熱が残っている。
ふわりと尻尾が揺れる。
「……犬神の力って、ほんとにあったんだ……」
私は朱色の月を見上げた。
さっきまで震えていた脚に、少しずつ力が戻ってくる。
「……わたしたち、
ちゃんと乗り越えられたんだね……」
「ええ。
あなたは、ちゃんと前へ進めたわ」
ヒカリにそう言ってもらえると、
なんだか少しだけ胸を張れた気がした。
……そういえば。
「ヒカリ、さっき……
なんかカッコいい技名みたいなの、言ってなかった?」
思わず私は、ヒカリを二度見した。
ヒカリは一瞬きょとんとして――
「……え?」
ほんの少しだけ、視線を逸らす。
「…………気のせいよ」
「えぇ〜っ!?
絶対なんか言ってたってば〜!」
「気のせい」
その返しがなんだかおかしくて、
私はふふっと笑ってしまった。
「……まあいっか、ありがとっ!
ヒカリがいてくれたから、ちゃんと乗り越えられたんだよ〜!」
ヒカリは少しだけ目を細めた。
「……あなた、
初めてなのに思ったより無茶するのね」
そのあと、ほんの少しだけ声をやわらげる。
「……でも、
私一人じゃ、たぶん押し切れなかった」
その声は静かだったけど、どこか少しだけ柔らかかった。
直後――。
その穏やかな空気を裂くように、どこからともなく声が響いた。
《よくやったな、犬神の継承者よ》
――シロの声……!
《この夢幻封界は、精神がそのまま力となる場。
己が心の弱さに飲まれれば、幻に喰われるのみ。
だが、お前は恐れを知り、受け入れ、それでも前へ進んだ。それが、真の強さだ》
静かで、しかし確かな威厳を帯びた声が、
まるで魂の芯へ直接語りかけてくる。
《よく聞け、犬神千陽。
力とは、ただ振るうものではない。
何のために立ち向かい、誰のために手を伸ばすのか――。その意思こそが、力を導く》
シロの言葉が、静かに胸の奥へ沈んでいく。
気づけば、前足へ自然と力が入っていた。
「……怖かったけど、
ヒカリを守りたいって思ったの」
その瞬間。
白銀の首輪が、ふわりと淡い光を帯びた。
「……え?」
小さな光の粒が、まるで星みたいに首輪の周囲を漂い始める。
すると、四つの刻印のうちひとつが、静かに白く灯った。
《お前の心に宿る“守りたい”という願いが、
犬神の力を目覚めさせたのだ》
じんわりとした温かさが、全身へゆっくり広がっていく。
《お前は、まだ未熟だ。
だが、歩みを止めぬ限り、その魂は磨かれてゆく》
シロの声が、波みたいに穏やかに響く。
《忘れるな――。
夢幻を越える鍵は、常にお前の中にある》
その言葉と同時に、光の粒がゆっくり宙へ舞い上がった。
白銀の首輪が、静かに輝き始める。
「えぇぇっ!?
なんか始まったんだけど〜っ!?」
光はそのまま、刻印の中へ吸い込まれていった。
まるで、“はじまりの一歩”を祝福するみたいに。
内側から、ほんのり力が満ちてくる。
「……わぁ、あったかい……
なんか、安心する……」
今、確かに何かが変わった。
でも、それが何なのかは、まだうまく言葉にできない。
それでも――。
次へ進まなきゃいけない。
そんな予感だけが、静かに残っていた。




