第11話『学園七不思議と、秘密の神社』
前回までのあらすじ(第三章)
〜語り手:犬神愛衣より〜
日向高等学校・2年生のクラスに、ある日突然あらわれた――銀髪の転校生、天野ヒカリさん。
穏やかな笑みの奥に、どこか近寄りがたい“神秘”をまとった彼女に、チハルちゃんは少しずつ惹かれていきます。
ふたりの間に生まれたのは、意外な共通点と、ふわりとした“気配”のようなもの。
そんなある日――チハルちゃんは、人の言葉を話す白い犬、シロと出会います。
彼は突然、彼女にこう告げました。
『今こそ、試される時なのかもしれんな』
その瞬間から、チハルちゃんの中で何かが音を立てて動き始めたのです。
しっぽが、ぶん……と震えるほどの、運命のはじまり。
そして――ヒカリさんと手を取り合った瞬間、
身体を駆け抜けた、あの不思議な衝撃と――
脳裏に浮かんだ、知らないはずの景色。
それはきっと、これから待ち受ける“試練”の、ほんの入り口だったのです。
でも……
その意味を、チハルちゃんはまだ知りません。
さぁ――ここから先、彼女を導くのは、“想い”と“記憶”と、そして……試練。
ゆっくりと、でも確かに、
物語の歯車は回りはじめています。
* * *
朝の通学路を歩いていると、
通学カバンにつけたユキちゃんが、ちょこんと揺れた。
小さな白い犬のキーホルダー。
中学生の頃、幼なじみのみっちゃんと一緒に選んだ、大切な思い出の子。
その姿を見てると、なんだか気持ちがふわっとあたたかくなる。
「……今日も一緒だね、みっちゃん♪」
ユキちゃんを見ながら、思わず小声でそう呟いちゃった。
――なんだか元気、もらえたかも。
カバンをぎゅっと握りしめて、坂道を登っていく。
(よーしっ! 今日も気合入れて駆け上がるぞーっ♪)
くるっと振り向いて、元気いっぱいにダッシュ!
お気に入りの朝が、今日も始まる――
そんな予感がした。
日向高等学校は山の麓にある高台に建っていて、通学するにはこの急な坂道を登らなきゃいけないの。
確かに、町を一望できる絶景スポットだけど……正直、毎朝その景色を楽しむ余裕なんてゼロっ!
(ふぅっ……これくらい、なんとかなるっ!)
後ろのほうでは、すでにハァハァ言ってる生徒たちの声が聞こえる。でも私は爽やかにゴールイン!
校門をくぐると、真っ白な校舎が青空に映えていて、
その隣には……ちょっと怖~い雰囲気を放つ旧校舎がひっそりと佇んでた。
「旧校舎か……な、なんか出そうな感じよね……」
思わず肩がビクッとなる。
いやいや、怖がってないもん!ただの古い建物だしっ!……って、自分に言い聞かせる。
まるでホラー映画の主人公になったみたいで、ちょっとドキドキ。
そういえば――
昨日、あんな信じられないことがあったんだっけ。
ふとスマホを取り出して、
昨日の夕方、日向公園の展望台で撮った写真を開くと――
シロの写真が、ばっちり写ってた。
(よ、良かったぁ……ちゃんと写ってる……!
幽霊じゃなかった……!)
ほんの少し安心した――その瞬間。
昨日の出来事が、ぶわ〜っと頭の中に蘇る。
シロが喋った。
しかも、めちゃくちゃ普通に。
『犬神千陽……フッ、まだ貴様は気づいていないのか。
我は常に、貴様のそばにいたのだ』
「……っ!!?」
思い出しただけでも、思わず息をのむ。
いやいやいや、待って!?
写真には写る。
声も聞こえた。
……でも、普通のワンちゃんって喋らないよね!?
「あれ、やっぱり夢だったんじゃ……
でも、ヒカリも普通に受け入れてたし……」
気になってつい、スマホの検索バーに指を置く。
【検索:犬 喋る】(ポチッ)
──結果。
「あなたのワンちゃんもおしゃべりできる!? 話せるペットアプリ!」
「犬と会話する方法! しっぽの動きを理解しよう!」
「深夜、犬が誰もいない場所を見つめる理由」(オカルト系サイト)
(いや、そうじゃないのよぉぉ!!!)
スマホ閉じて、ぶんぶん頭を振る。
もう、気にしない気にしないっ! たまたまそう聞こえただけ! そうに違いない!
私は深呼吸して、「落ち着け落ち着け〜っ」って心の中で唱えた。
――ちょうどそのとき、
後ろから元気いっぱいな声が届いてきた。
「犬神先輩っ、おはようございます!」
振り向くと、美咲ちゃんがぴょこっと走ってきて、元気に手を振ってた。その隣には、いつも凛として上品な玲奈先輩っ!
「美咲ちゃん、玲奈先輩、おはようございますっ! 」
私も笑顔で手をひらひら振り返した。
「おはようございます、犬神さん。今日も坂道を元気に駆け上がっておりましたわね」
「えへへ、朝から全力ですっ♪」
玲奈先輩は、相変わらず優雅で落ち着いた笑顔。
うぅ、見習いたい……!
「今日も朝から元気いっぱいだねっ、美咲ちゃん♪」
そう言った瞬間、玲奈先輩がなんだかおかしそうにくすっと笑った。
……あれ?
もしかして、“あなたもね”って思われてる?
美咲ちゃんは慌てたようにほっぺを赤らめて、
「えへへ、嬉しくてつい元気が出ちゃいました!」
って、ぴょこっと小さくお辞儀した。
「ふふ、大丈夫だよ。美咲ちゃんの笑顔って、なんか元気もらえるんだよねっ♪」
私の言葉に、美咲ちゃんはまたにっこり。
朝の日差しがキラキラしていて、
三人の周りだけ、ふわっとあったかい空気が流れていた。
「そうだ、犬神先輩! 最近、学校の七不思議の話がすごいことになってて……しかも、犬神神社でも“白い影”の目撃情報が出てるらしいんですよ!」
「白い影?」
「はいっ! 夜の神社で、何か白いのが動き回ってるって……! ぜ、絶対これ幽霊じゃないですか!?」
私はちょっとだけ真剣な表情になって考え込む。
「幽霊……ね。でも実はさ、昨日ゲンキと散歩してたとき、後ろから誰かに見られてる気がして……それに……神社で白い影も、見たような気が……」
「えっ!? 犬神先輩も白い影、見たんですか!?」
美咲ちゃんがびくっと肩を揺らして、目をまん丸にする。
「うーん……でも、たぶん見間違いだと思うんだけどね?」
その話を聞いた玲奈先輩が、すっと落ち着いた声で話し出した。
「お二人の話も、あながち冗談ではありませんわね。
最近、七不思議の噂が妙に現実味を帯びてきておりますの。神社での目撃談も、増えているようですわ」
そして、さらりと髪をかき上げながら続ける玲奈先輩。
「七不思議のひとつに、“夜の旧校舎で誰もいないのに足音が響く”という話がありますの。
実際に聞いた生徒もいたようで……そのとき、誰かに見られているような気配がしたとか。
ふふっ、怖いですわね」
美咲ちゃんが「ひぃっ……」と肩をすくめるのを見て、私はちょっと苦笑い。
「そして犬神神社の件も……ただの噂では片づけられないのかもしれません。何人か、夜の境内で“音”を聞いたと言っておりますわ」
(……お父さんが管理してる神社で、変な噂が広まるのってやっぱり気になるなぁ……)
私は腕を組んで、うーん……と考え込む。
(よし、学校が終わったら、ちょっと様子を見に行ってみよっかな)
*
教室に入ると、もう何人かのクラスメイトが席についていた。
元気な挨拶が飛び交っていて、いつもの朝って感じ。
……でも、その空気の中には、どこか落ち着かないざわめきも混ざっていた。
「ねぇ、昨日の七不思議の話聞いた?」
「旧校舎でまた足音したってマジ?」
「あとさ、犬神神社で白い影見たって話も広まってるらしいよ」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
すると――
「チハルっ! 神社の白い影の話、聞いた!? 絶対なんかあるってあれ〜!」
亜沙美がババッと駆け寄ってきて、ぐいっと顔を近づけてくる。
「まだ“幽霊”って決まったわけじゃない。
見間違いか、噂が独り歩きしてるだけかもしれない」
――後ろから、静かな声が差し込んだ。
隆之だった。
腕を組みながら、いつもの落ち着いた様子でこっちを見ている。
「とはいえ、軽視するのも良くないな。こういう怪談には、何かしらの“元”がある。錯覚か、心理的な作用か、それとも実際の異変か……」
そこで隆之は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……俺も、少し気になるところはあるからな」
その言い方が、なんだかいつもの隆之より少しだけ慎重に聞こえた。
……ほんと、相変わらず理屈っぽいんだから。
なんだか肩の力が抜ける。
でも、そうやってちゃんと考えるところ、嫌いじゃないんだよね。
「もう〜! 隆之はなんでも理屈で片づけようとするんだから! こういうのは、直感でビビッと楽しむものなのっ!」
亜沙美がムキになって言い返すと、隆之が少しだけ眉を上げた。
「楽しむ……? さっきまで怖がってただろ」
「こ、怖がってなんかないしーっ!」
私は思わず、くすっと笑ってしまった。
二人とも、本当仲良しなんだから〜。
「も〜、二人ともストップストップっ! 私もちょっと気になってるし、放課後に神社の様子、見に行ってみようかな〜って思ってるんだっ」
「……チハル、ほんとに大丈夫? 変なことになったら、すぐ知らせてよねっ!」
「何か分かったら教えてくれ。噂だけで終わる話とも思えない」
二人の言葉に、ちょっとほっこりしながらうなずく。
ふと窓際へ目を向けると、
そこにはヒカリがいて、静かに外を見つめていた。
私の視線に気づいたのか、ふっとやさしく微笑んでくれる。
「犬神神社……きっと、何か意味があるのかもしれないわね」
その言葉には、不思議な響きがあった。
うん、やっぱり気になる——。
「そういえば、チハル。今度、常盤町に行くって言ってたよな?」
隆之がふと話題チェンジ。
「え? なんで知ってるの!?」
「……亜沙美から聞いた」
「そうなんだ〜、情報早いなぁ〜……。うん、動物愛護センターに行こうと思ってるの。
保護された犬や猫たちがどんなふうに暮らしてるのか見てみたくって。
あと、今の自分にできること、少しでも見つけたいなって思って……」
ちょっとだけ照れくさくなって、目線をそらす。
「でも、そのあとに……ちょっと寄りたい場所があるんだ」
続きを言いかけた、そのとき――
教室の扉が開いて、白石先生が入ってきた。
みんなの視線が、一斉に前へ向く。
「みんな、来週の防災訓練、ちゃんと参加するように。実は100年前、この神媛県の地域で大きな災害があったんだが、日向町だけは無傷だったという記録がある」
「だからといって油断せず、訓練には真剣に取り組むようにな」
教室がざわつき始めた。
「なんか不思議だよね〜」
「ほんとにそんな記録あるのかな?」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
――その話を聞いて、去年、隆之と図書館で調べものをした日のことをふと思い出した。
100年前の大災害。
“日向町だけが無傷だった”という記録。
過去の日向町の人たちは、“犬神”を祀っていたという話。
そして、戦争中の空襲で犬神神社が延焼し、今の社殿は建て直されたものだという記録も残っていた。
あのときは、どこか遠い昔の話みたいに感じていた。
どうして日向町だけが無事だったんだろう。
奇跡みたいな偶然――
……それとも。
それともう一つ、気になっていることがある。
――犬神神社での、“白い影”の噂。
その話を聞いてから、ずっと心のどこかに小さな引っかかりが残っていた。
(あの白い影……何だったんだろう)
思い出すたび、少しだけ背筋がひやっとする。
でも同時に、どうしても気になってしまう。
怖いはずなのに――
どこかで、“知りたい”って思ってる自分がいた。
犬神神社。
白い影。
シロの言葉。
そして、“日向町だけが無傷だった”という、あの記録。
(……犬神神社、やっぱり何かある)
そう思った瞬間、胸の奥がざわっと熱くなった。
ううん。
逃げたら、きっと後悔する。
だから私は決めた。
放課後、ゲンキと一緒に犬神神社へ行ってみよう。
手のひらは少し汗ばんでいて、
心臓も、さっきから落ち着かない。
それでも――
私は、確かめずにはいられなかったんだ。




