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料理人が異世界転生して灰汁を取り続けたら、王が膝をつき魔将が泣いた  作者: もしものべりすと


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第六章 王都への招待

翌日、王都からの早馬が町に着いた。


 俺の予想を、二日ほど追い越していた。


 馬から降りた使者は、村の長老の文と、もう一通、別の文を持っていた。


 もう一通は、宮廷からの正式な召喚状だった。


「冬野殿。第一王女ロザリエ猊下より、登城のご依頼です」


 使者は、片膝をついて文を差し出していた。


 町の広場で、村人と冒険者と通行人が、黙ってこちらを見ていた。


 俺は、文を受け取った。


 文の表に書かれた金色の紋様は、明らかに「断れる側」のものではなかった。


 セルナが、隣で小さく息を吐いた。


「動き出しましたね」


「動き出した、って何が」


「世界が、あなたを呼んでいます」


 彼女の声は静かだったが、確信があった。


 俺は、文の封蝋を、指で、なぞった。


 封蝋には、王家の紋章が、押されていた。


 地球で、こういう正式な文を、受け取ったことは、一度も、なかった。


 地下の厨房に、ある日、王家の使いが、来ることは、ない。


 地下の厨房の存在を、王家は、知らない。


 知らないものに、文は、出ない。


 でも、ここでは、違った。


 ここでは、寸胴を引く人間に、王家からの文が、届く。


 その違いに、俺は、文を受け取った手のひらの中で、しばらく、立ち尽くしていた。


 王都までの道のりは、馬車で三日。


 その間、俺はセルナから、この世界のことを少しずつ教わった。


 千年前、人々は短時間で魔素を得る方法を発見した。


 その方法は、本来時間と手間で澄ませるはずの「フォン」を、短絡的に再現するものだった。


 名前は「インスタント・フォン」。


 短時間で力は出る。


 だが、味はない。


 魔素としての効果も、半減する。


 そして、世界の根を、ゆっくりと濁らせ続けてきた。


「千年経って、この世界の根は、もう、ほとんど飲めない味になっています」


 セルナは馬車の窓の外を見ながら言った。


「だから、王様も、王女様も、長く生きられない」


「フォン……つまり、出汁が、足りないから?」


「足りない、というより、濁って、力にならない」


 俺は、玉杓子の柄を握り直した。


「なんで俺なんですか」


「あなたが、十年、誰にも見られずに、灰汁を取り続けたからです」


 セルナは、こちらを見た。


「世界には、それを覚えている誰かが、必要だったんです」


 俺は、答えなかった。


 答えられなかった。


 灰汁を取る、という行為が、その十年が、こんな形で意味を持つなんて、信じられなかった。


 信じられない、というか、信じてしまうと自分が崩れてしまいそうだった。


 馬車の中の空気が、しばらく、止まっていた。


 セルナは、俺の沈黙を、急かさなかった。


 彼女は、窓の外を、見続けていた。


 森から平野へ、平野から街道へ。


 馬車の振動が、ゆっくりと、変わっていった。


 俺は、セルナの白い指先を、見ていた。


 彼女の指の付け根に、薄い金色の光が、絶えず、漂っていた。


 その光の量は、馬車が王都に近づくにつれて、ほんのわずかだが、減っていた。


 俺は、それに気づいて、息を呑んだ。


「セルナさん、その光」


「はい」


「減っている、ように見えます」


「……気づかれましたか」


「気づきます」


 彼女は、少し、笑った。


「私の体は、世界の根そのものと、繋がっています」


「だから、世界の根が濁ると、あなたも、濁る」


「そういう仕組みです」


「……」


「ですから、急いで、お願いします」


 彼女の声は、いつも通り、穏やかだった。


 でも、その穏やかさの裏に、自分の余命を計算している人間の、静かな覚悟が、あった。


 俺は、玉杓子の柄を、強く、握った。


 三日目の午後、王都が見えた。


 白い石造りの城壁が、丘の上に立っていた。


 城門で身分を告げると、衛兵が二人、深く礼をした。


「冬野殿。ロザリエ猊下が、内殿でお待ちです」


 城内の通路は、長く、暗かった。


 壁の燭台の火が、不自然に赤く揺れていた。


 通路を進むほど、空気の中の何かが、薄くなっていく感覚があった。


 寸胴の灰汁が暴れているときの、あの澱んだ空気と似ていた。


 石の壁に、古い肖像画が、点々と、掛かっていた。


 かつての国王たちの肖像。


 絵の中の、彼らの顔色が、どれも、いまの国王に似て、紙のように白かった。


 千年前の絵だけが、頬に、わずかな赤みを、残していた。


 その絵から、年代が下がるにつれ、王たちの顔色は、薄くなっていった。


 最新の、いまの国王の絵だけが、もう、ほとんど、白い。


 俺は、それらの絵を、横目で、見ながら、歩いた。


 千年かけて、世界の根が、薄まり続けてきた歴史。


 それが、肖像画の頬の赤みに、はっきりと、刻まれていた。


 謁見の間に通された。


 高い天井。長い赤絨毯。


 奥の玉座の脇に、若い女性が立っていた。


 ロザリエ第一王女。


 二十代半ばの、金髪の女性。


 その隣に、車椅子の老人――国王が座っていた。


 国王の顔色は、紙のように白かった。


 呼吸が、浅かった。


 国王の周りには、宮廷の医師が、三人、立っていた。


 医師たちの顔色も、青ざめていた。


 彼らは、もう、自分たちの薬では、王の容体は、一日も持たない、と判断していた。


 最後の手段として、何人もの料理人を、王都に呼んでいた。


 大陸南部のクラウスにも、使いを出していた。


 でも、間に合わなかった。


 最後に呼ばれたのが、麓の村から早馬で報告された、新顔の流れの料理人――俺だった。


 ロザリエ王女は、それまでの三日、ほとんど、寝ていなかった。


 目元の隈の濃さで、それが、分かった。


 俺は、絨毯の上に立ったまま、何をすればいいのか分からなかった。


 ロザリエ王女が、こちらを見て、口を開いた。


「冬野殿。父は、もう、あまり時間がありません」


「……」


「世界中の薬師、聖職者、宮廷料理人、すべて呼びました。誰一人、父の衰弱を止められませんでした」


 彼女の声は、震えていた。


「最後の依頼です。父のために、一杯のフォンを、引いてもらえませんか」


 俺は、玉杓子を握り直した。


 どれくらい引くべきかは、国王の顔を見れば分かった。


 あれは、三日仕事だった。


「材料を、揃えてください」


 俺は、頭を下げて、言った。


「あと、誰も入らない厨房を、ひとつ」

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